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小さなキセキ、大きなキセキ

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

「社長!24時間テレビのイベントでアナウンサー・オークションするので、何か出してください!!」

やたら線を引いた本しかないなぁ・・。というか、アナウンサーじゃないよ、僕は。

「ダメですよ。アナ出身なんですから」
(どっかの新聞はそう書いたけど、僕の本籍地はラジオ制作なんだよ。これまでの仕事の中身を知っている人はそう思っているよ。)

・・・というやり取りがありました。
そして、今回出すのは、ハンドメイドの革バッグです。
いい感じにツヤが出ています。

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数年前に東京の職人さんに作ってもらったバッグです。
資料がドサッと入るので、まさに「ラジオドラマ」制作用のバッグとして使っていました。

僕に数々の奇跡を与えてくれたバッグです。

思い出は多いけど、ラスト作品の「風の男 BUZAEMON」を創り終えたし・・・ま、いいか。

24時間テレビの日。

8/31(日)に本町会館のテルスターホールでオークションにかけられます。そのまま寄付になりますから、よろしくお願いします。

あなたに・・逢いたかったです

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昭和40年前後。

南海放送のラジオドラマ全盛期には、この田舎町にも多くの書き手が存在しました。

天野祐吉さんが南海放送劇団にいらしたより少し前。

会社の倉庫に残された脚本集の中で、高橋光子さんと小田武雄さんの作品か特に光っていました。

調べてみると、後に高橋さんは芥川賞候補に、小田さんは直木賞候補になったこともある人でした。

誰も見向きもしないラジオドラマを隠れて作り始めた頃。僕にとっては倉庫の中で見つけたこのふたりは憧れ中の、憧れの人でした。

その高橋光子さんの名前を舞台のビラで発見したのです。
 

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11月に四国中央市で行われる、ミュージカル 「風船爆弾を作った日々~しゃぼん玉、宇宙(そら)までとばそ!~」のビラです。

昭和19年。アメリカが原爆をつくろうとしていた頃。

日本では紙の街で「風船爆弾」を作っていたのです。従事していたのは川之江高等女学校の33回生達。

高橋さんはその時の一人で、このミュージカルの上演実行委員会の会長として談話を顔写真と一緒に載せていました。

た、た、た、高橋さんだぁ・・・。しかも脚本はわが社の戒田節子君が担当しているではありませんか? (しかし、彼女は高橋さんのことは知らなかったみたいでした。ま、当たり前?)

そうです。たぶん。世間でただ一人、僕だけが興奮しています(笑)。

伝説の人と繋がった! お元気でいらしたのだ!

伝説の人に逢えるかもしれない・・と。

高橋さんのラジオドラマ台本をまた引っ張り出してきて、朝からロマンの海の中で泳いでいるのです。

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おばちゃんの気遣い・・・そして、ペリー・コモ

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

髪の長さが煩わしくなっていたので、近くの理容店に自転車で飛び込む。
前髪はなくなっていくのに何故、いらないところの髪は伸びるんだろう(笑)

僕を担当してくれたのは、うちのお袋くらいの年齢の女性。
(敢えて・・おばちゃんと呼びます)

「イライラするので、バッサリお願いします」

「はい。あれ? あんた、昔 南海に出とらなんだかな? 今、どうなさってるん?」

と、鏡を覗き込む。ヨレヨレのGパンにTシャツ姿だったので、要らぬ気を遣わせたみたいです(笑)

「えー、えー。そ、その辺にいます」

「気い落としなや。元気なら、なんでもできるさかい」

「はい」(笑)

で。バッサリ! すっきり!です。

0818 田中社長

ラジオからペリー・コモ(Perry Como)の「アンド・アイ・ラブ・ユー・ソー(And I Love You So)」が流れています・・。

今の、なんとなく温ったかな気分を、彼が歌ってくれているみたいです。

おばちゃん。ありがとう。ずーっと、元気でいます!!(笑)

それと、お店の若いスタッフが24時間テレビのTシャツで仕事をされていました。

24htv-t-shirts

こちらも、ありがとうございます。

at sixty

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

タンブラーをもってスターバックスに行く・・っていうのを、したい半分、照れくさい半分でいたのですが、
(たぶん機内販売されている)スタバのタンブラーボトルをお土産にいただきました。

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INVITATIONチケットがついていて、
“好きなドリンクをお店で一杯このタンブラーにお入れします”と書いてあります。

ドキドキ。
おっさんはビビるなあ。

「ちょっと見てよ。あそこのおっさん、タンブラー持ってるよ。似合わねえ」
・・などと、言われたどうしょう・・とか(笑)。意外と意気地がない! のです。

うちのラジオからは、ジャニス・イアン(Janis Ian)の「at seventeen(17歳の頃)」が。

はにかむように歌っているジャニスの声が、今の僕の心情にぴったりです。

但し。
こっちは「at sixty」なのですが・・。

IMG_4392 ※尚、本日は69回目の終戦記念日。式典への出席もあり、終日黒服で過ごしました。

後輩を・・・思うということ

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

かつて、南海放送のテレビ番組「熱血ボウリング部」やラジオ番組「真昼間のシンデレラ」などで活躍してくれたYちゃんの結婚式が、
台風11号のさなか8月9日(土)に横浜でありました。
本人も言っていましたが、彼女、現役時代から「雨女」でした(笑)。

「父親代わりにバージンロードのエスコートをしてくれませんか?」とYちゃんからリクエストされて、二つ返事。
なにせ息子しかいない身なので、そういう役が人生の中でできるとは思っていませんでしたから・・。

さて本番。

新郎が待つ礼拝堂の大扉の前で“スタンバる”(業界用語です・・笑)花嫁と僕。
係員のお姐さんが「あーして、こーして」と最終の約束事を確認しているのですが、耳に全く入ってきません。上の空(笑)。

「緊張するねえ」
「はい。緊張します」
「ただ歩くだけなのにねえ」
「はい。」

数々の放送の修羅場を経験してきた二人なのに。そして、テレビの生中継もないのに・・・(笑)。
ありがとうYちゃん=柳田さやか元アナウンサー。あなた以上に僕が幸せな気分に浸れました。

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おまけに。ちょっといい話を・・・。

さっきも書いたように、なにせ8月9日(土)午後の結婚式。台風の影響で飛行機が飛ぶかどうか予測つきません。
土曜日中に松山に帰れるかどうかも分からず、日曜日に生放送を担当しているアナウンサー達は出席を断念せざるえなくなりました。

その中の一人にYちゃんが特に慕っていた先輩のTアナもいました。

Yちゃんが「仕方ないな」と思いながら、結婚式前夜の8月8日(金)夜10時頃に東京の自宅マンションに帰ってきたら、
ドアの前でTアナが「ヤッホー!」とサプライズ登場!!ずっとトイレも我慢して待っていたらしいのです。

「ゴメン。明日、出られなくなったの。だから、今日、顔だけ見に来ちゃったぁ!」

言葉の前に、Yアナの目から溢れる大粒の涙。

「Tさん、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫。なんとか・・帰るって」

Tアナ・・寺尾英子アナウンサー。このまま、ありのままの人なのです。
だから後輩達にも「もぎたてテレビ」の視聴者の皆さんにも愛されているんでしょうね。

僕には真似ができません。

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