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『芸の奇跡、そして真髄』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

一年半くらい前。大きなガンの手術から退院復帰されて、会社にご挨拶にこられた松本安也子さん。

宮城道雄最後の直弟子でもあります。

その時に・・・

「来年の秋。お琴のライブをやります。最後になると思います。主催を受けてくださいね」と。

そして、一年半。11月27日にその日が来ました。素晴らしい奇跡だと思います。

開演前に記念のツーショットを。

30年くらい前。現役アナウンサーだった頃、ふらりと入った松本安也子さんのコンサート。

客席にはニュースで顔と名前を知っている県内の政財界の重鎮の皆さんがズラリ。

自分が来るべき場所ではなかったと思ったものでした。

薬の副作用で自慢の黒髪ではなくなりましたが、凛とした立ち姿はお変わりではありません。

先生の最後の舞台。ご一緒の空間に身を置けて光栄です。

芸の真髄をみせてもらいました。

『井戸の深さ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

平成が始まった頃。僕は「平成オランダおいね考」というラジオドラマを作りました。

最高傑作だ!全国一が取れた!と実感した作品でしたが、今一歩で夢は叶いませんでした。

悔しくて、悔しくて。

道後局舎時代の第3スタジオで戒田節子アナウンサーに、「この台本をどう変えてもいいから、おいねをミュージカルの舞台にしてくれないか?!」と頼みました。

その無茶振りは平成5年に舞台化され、おいねの故郷、宇和町と松山で皆さんに見てもらいました。

これを気に入った当時の宇都宮宇和町長(故人)がおいねの父・シーボルトの故郷ドイツに姉妹都市提携と同時にみかん一座の舞台を連れて行く事を考えました。

今朝の愛媛新聞にドイツ・ビュルツブルクから義援金が来たとの記事がでましたが、その背景はそんなことがあったのです。

井戸を掘った人・宇都宮町長の笑顔。

そして、井戸の深さを思います。

※みかん一座の35年の歴史を綴った「輝け瞳!」(税込2000円)県内書店で発売中

『もしもピアノが弾けたなら』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

今日の松山ロータリークラブの卓話は伊予鉄グループ・清水社長の登場です。

趣味は、作曲。

今の伊予鉄グループのCMはほとんど全部、社長のオリジナル作品です。
(テレビCMの音楽にも今後注目してみてください)

バッハの和音に影響されて作った伊予鉄い~カードゴールドのCMとバッハのナンバーを・・・

清水さんが小学・中学生の頃のヒーローYMOの坂本龍一に影響されて作った石崎汽船のCMと「戦場のメリークリスマス」も、

・・・次々に楽譜なしで弾き語ります。

素人にも分かりやすいベートーベンの「悲愴」とビリー・ジョエルの「ディスナイト」の少しの違いをピアノを弾きながら解説してくれます。

か、か、か、カッキー!!

ピアノも弾けない、作曲もできない僕はただただ平伏します。

どんな時に曲が浮かぶんですか?
「暇な時です」
(だから働き方改革が必要なんですね。言ってみたいなぁ・・・笑)

ラストには松山市駅の郊外線の発車ベルの曲を弾き語ってくれました。

か、か、か、カッキー!!

誰かの歌に「もしもピアノが弾けたなら」ってあったよなぁ・・・

『霜月らしくなりました』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

明治時代にアラスカのヒーローだった和田重次郎の子孫、内子町の和田利百さん(93)がお亡くなりになりました。

彼がちゃんとした方だったから、重次郎の手紙や遺品が後世に残ったのです。

だから僕もラジオドラマを作れました。

25年くらい前に初めてお会いして以来のお付き合い。毎月のように手紙のやり取りをさせていただいいていました。

※ミュージカル「オーロラに駆けるサムライ」打ち上げ写真・・・僕の斜め下の白髪の法被姿の方が和田利百さん。

和田さん、明日のご葬儀に参ります。

貴方を惜しむように寒さがやってきました。

僕も初マフラーで出勤です。

霜月らしくなりましたよ。

ありがとうございました。・・・合掌。

『これなんだよな』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

上野公園で青森県人会がイベントをやってました。

入り口では懐かしい「ちんどん屋さん」が・・・

僕たちと基本的には同じビジネスモデルの仕事です。

実に楽しそうに明るく歌っています。

「これなんだよな」と、思います。

かっこつけたり、うそぶいたりする人が業界には多いんだけど、一番大事なのはこれなんだよな、と。

“楽しそうにする”人生は・・・やっぱり悪くない、な。

『頼まれ仲人』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

劇団☆新感線の細川展裕会長(正確には株式会社ヴィレッジ会長)が先日、小倉くめさんのテレビドキュメンタリー『一三七冊目の春』(当社の伊東ディレクターがノーナレーションで構成した意欲作)を観て感動したらしく、

「小倉くめさんに一度会いたい・・・」と言われて、近々ご一緒にランチすることになりました。

「可愛こちゃんの女子アナに会いたい・・・っていうのはセクハラ親父だけど、その手じゃないから大丈夫だよね?(笑)」と。

はい、はい。

因みに細川さんは新居浜出身で中学時代から鴻上尚史の大親友。西条高校のOBです。

で。小学館から細川さんの自叙伝が二冊送られてきました。

これは自己紹介の代わりに、小倉くめさんに渡しといて・・・という事だと思います。

で、僕も読んでみたら面白くて、久しぶりの一気読み!!

一番笑ったのは細川さんが社長時代。「薔薇とサムライ」の主演に天海祐希をフューチャーした時。

「是非、やって欲しいんだ。ベルばらのオスカルみたいなあの感じで…」と口説いたら、

「私、オスカルやってないから。アンドレだから!」と。(笑)(爆)

楽しい、楽しい。細川さんらしいや。

新感線ファンの方!オススメします。

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