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『NEVER SURRENDER(ネバーサレンダー)マスク』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

7月からさ、新しい役員体制になるし、コロナ自粛も緩和されてきたからマスクにウィットのシールを貼って、営業も制作も外に出ていこうぜ!!
・・・と、僕は先日、最後のわがままをいいました。
そしたら今日、試作品ができました・・・と。

勿論、月曜日の株主総会にも付けてでます!!(笑)
広報部長さんがコリーハート1985年のヒット曲から「ネバーサレンダー」のコピーをいれました。ナイスな仕上がりです。
“諦めるな 諦めたらいけないんだ 一人じゃないよ 最後まで戦おうよ”・・・みたいな名曲。
当時、末期がんと闘っていた母親をコリーハートは思い歌っているとも言われました。
皆さん!ネバーサレンダーで頑張りましょうね。

『逆光線の中で』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南宇和高校サッカー部時代から付き合いが続いている愛光学園の石橋先生と愛媛FCのレジェンド友近俊朗(元・参議院議員)くんとランチをご一緒しました。

石橋監督の高校サッカー選手権のラストゲームの相手は一回戦で埼玉・武南高校と。その4年前に勝って初優勝した時の相手でした。
ラストゲームというのは石橋監督はこの年で南宇和高校を退職して、春には愛光学園に転職することになっていたからです。
そして僕も石橋監督に合わせて、この全国大会でサッカー中継から足を洗うことを上司に告げていました(生意気なサラリーマンです・・・笑)
そのゲームでグランドにいたFWの一人が友近くんでした。友近くんはその後早稲田大学に進学し後輩になりました。
ラストゲームはサドンデスのPK戦で負けました。
友近くんが古い雑誌を持参してきました。「ボードウォーク」に石橋先生が特集された時のもの。僕も後ろに写っています。

三浦保記念館でのサッカー談議のランチタイムは、30年の時空を軽く越えました。
二人の写真は逆光になったけど、僕の青春のなかでは、今も鮮やかに甦る思い出ばかりです。
毎日、こんなランチタイムなら幸せなのだけれど。

『記憶の葉っぱ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

沢山の反響を頂いた作品。
ドキュメンタリー番組をドラマに仕立てたローカル制作の「記憶の葉っぱ」。

(ドラマのモデルとなった、金森一臣さんと薫さん)

まだ新型コロナウイルス感染防止の自粛期間だから、形だけの極めて短時間の打ち上げをやりました。
(スポンサーさんのお店支援でもあります。)

「赤シャツの逆襲」や「ソローキン女子の憂鬱」をテレビドラマにしてくれた岩城一平監督(写真一番右)
彼に出会えた偶然を僕は神に感謝しています。
そして、役者の桝形浩人くんや、松本久美さんや山田裕二くん。全ては人の繋がりが不思議な化学反応を起こして、素晴らしい作品が出来上がりました。
打ち上げなのに・・・「今度、なにやろうか?!」ばかり、僕は喋ってました(笑)
集まってくれた“才能達”にありがとうを。
外は冷たい梅雨の雨だけれど、とてもHOTな時間でした。
ありがとう!!!僕は幸せです。

『パパとなっちゃんのお弁当』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

身内を褒める恥をあえて晒します・・・
昨夜のNNNドキュメント「パパとなっちゃんのお弁当」

49歳の新居浜市のシングルファーザーが高校生の娘のために3年間毎日、700回のお品書き付きのお弁当を作りつづけた物語。
熱い父親とクールな娘。が、なにもかも分かっている上でそれを装っているなっちゃんが素敵にも思える。
安庭カメラマンの映像がまずは秀逸。
高校生になじめる東予支局の高木奏記者が見つけたネタ。
制作した清家夕貴キャスターの優しさはなっちゃんに限りなく近く、わざとらしくない構成。
そして統括したのは当社を代表するドキュメンタリストの一人、寺尾隆ディレクター。
会社は大変な時代に遭遇しているけど、
なんとかしていこう。
なんとかなるだろう。
・・・と思えるのはこういう作品が創れるスタッフが当社には揃っているから。
で・・・二重に泣けました。
もう一度申し上げます。身内を褒める恥ずかしさを知った上の投稿です。

『明日死んでしまうとしたら、あなたは最後に何を食べますか?』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

社内エレベーターの中に4月12日(日)夜10時30分から始まる新ドラマ「美食探偵」のポスターが。

キャッチコピーは「もし、明日死んでしまうとしたら、あなたは最後に何を食べますか?」
僕ならサンマの塩焼きに白ごはん。小鉢に麻婆豆腐とお新香はべったら漬け・・・だよな、と(笑)
社内をぶらついて、皆んなに気合い入れの冗談とバカを言って笑わせ、最後は・・・ニューススタジオに。
本番前の青木アナに「肩の力抜いて気軽にな?!」と軽く声をかけて、本日のお仕事終わりました。

しまった。彼女に最後の晩餐メニュー何にするか? 聞き忘れました(笑)

『別れとはかくありたい・・・な』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

幕末の会津の悲劇、白虎隊。
会津藩は落城前に新しい国家の為にと、二人の優秀な男の子をそっと逃したそうです。
いずれも白虎隊に入るには一歳足りなかった二人を。
そのうちの一人、山川健次郎は後に東京帝国大学の総長になった人ですが、死ぬまで白虎隊の話をする毎に涙を流したといいます。
今日で寿退職する星加奈緒アナウンサーに退職辞令をお渡ししました。

このお別れも、そんなふうに“明日”に繋がるものならばいいなと思っています。
ウチは会津藩みたいに美しい根性はないんだけど・・・(笑)
星加君、お疲れ様でした。

『石鎚の風に歌う』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

久々に旧知の秋川雅史さんとご一緒しました。

いつも爽やかで、僕の10倍は声量のある方(笑)。
新井満さんが作詞・作曲して歌われていた元歌を西条の市民団体からのリクエストで秋川雅史さんに歌って欲しい・・・と。
それが3月25日にリリースされたばかりの「石鎚山」です。

壮大な歌声が山に響き渡る感じの出来上がりです。
成就社あたりの広場で秋川さんに歌ってもらい、それをドローン映像でなめながら石鎚山にカメラが飛んでいく・・・そんなPVが似合いそうです。
新型コロナウイルスを一気に空に吹き飛ばしそうなイメージです。
是非。今年の紅白歌合戦で歌い上げて欲しいなと、民放の人間ながら夢見ています。

『加戸守行さん(85)に捧げる』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

前・愛媛県知事の加戸さん。
あなたの訃報を今朝になって知りました。
今、2015年4月にご一緒に行ったアラスカでの舞台公演「オーロラになったサムライ」の写真を眺めています。

この半年前に肺がんが見つかっていましたが、
「老人は進行が遅いから大丈夫だよ。だけどタバコはやめさせられたよ」と陽気に僕に話されました。
写真は戒田節子座長が開演前に幕の裏側でキャスト、スタッフに最後の気合いを入れているところです。
その真ん中にいる白髪のあなた。
あなたはいつも楽しそうに、その場所その場所におられました。
映画「ソローキンの見た桜」の冒頭シーンにもでていただきました。
貴方から学んだ事で一番は“神様・仏様との付き合い方”でした。
「田中君・・・僕はね。神社仏閣どこであれ手を合わせても、神様や仏様にあーしてくれ、こーしてくれは言わないんだよ。どうか見ていて下さいこの加戸守行を・・・としかね」
3月21日(土)に亡くなられて通夜葬儀はそっと済まされていたと。香典・供花・弔電など全てご辞退。
それも貴方がいつも言われていた作法でした。
だからありきたりのお悔やみの言葉は一切申し上げません。でもこれだけは言わせて貰います・・・。
“ありがとうございました”
貴方の作法を真似て生きていきます。

『昔、むかし。あるところに・・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

深夜放送時代のペンネームは「くもりのちはれ」君。
彼は八幡浜から佐賀の大学に行って、南海放送ラジオが聴けなくなりました。
たまたま知り合った女の子が、深夜放送をカセットに録音して毎週彼に送ってあげていました。
で、二人はやがて結婚します。
(ラジコがある今の時代ではありえないラブストーリーです)
その彼“くもりのちはれ君”こと尾下君が店長になってフジ伊予店に異動赴任してきました。
実家に行くついでがあったら、顔見に行くよ・・・と約束していたので、昨日お墓参りの後で孫と一緒に逢いに行きました。

不思議な縁が続きます。
昔、むかし。あるところに深夜放送をしていたDJとリスナーだった青年がいました・・・
そして・・・物語は続きます。

『応援。それは人生に必要なもの』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

不思議なもので、愛媛県の高校がセンバツ高校野球に出場しないからか(笑)
無観客での開催が検討されているとのニュースをクールに見ていました。
応援のないスポーツがどんなにつまんないものか分かるから・・・
無観客試合をやるのは悪くありません。
応援。それは人生に必要なもの・・・です。
深夜放送時代に貰った1枚1枚のリクエストカードもそんなチカラがありました。お返しをしないと・・・。
だからウチの会社はこの街の応援団でずっといたいと思っています。
今朝はホイットニー・ヒューストンを聴きながら、皆んなが元気になる方法ばかりを考えています。

画像は現在放送中の自社PRのテレビCMです。

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