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『僕はそのレベルだから・・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

キー局の後輩が、先日松山に帰ってきた時、お土産にくれたネットワークTシャツ。

9月21日付のブログに書いた、当社が「おにぎり」を出したパーティーのお世話をしていたスタッフが自分達で作ってお揃いで着ていたTシャツ。

そういえばワイン片手に「あれ、いいね」と彼に呟いた記憶が・・・

「安もんで色落ちもするそうですから、気をつけてください。先輩が身につけるレベルのものではありませんが・・・」と。

ううん。僕はそのレベルだから(笑)。

貴重な一点もの。

9月30日の「メディアまつり」で着てみようかしらん。

『ウチはおにぎりなの?!』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

日本テレビ系列のパーティはネットワークの特色をだすためか、立食パーティーの食材を各局が準備して持ち寄ります。

当然ながら、山梨放送はワインだし、札幌テレビは北の海産物な訳です。ふたつとも大人気。

ところで。四国4県のラテ兼営社は全局日テレ系なんですが、

RKC高知放送は当然、”鰹のタタキ”。

RNC西日本放送は”オリーブ牛のローストビーフ”。

JRT四国放送はアワビの仲間、”トコブシ”。

な、の、に。

ウチは?!・・・えー?!おにぎり?!なの?(笑)

東京支社長にいいました。「お前、勇気あるな?!」

そしたら・・・「酔った後の“鯛めしおにぎり”は絶対受けます!」と。

事実、50個が完売いたしました(いいヨミだったね)

学びました。人生は・・・格好よりも“結果”だと。

『鮎はあれど鰻はあれど…』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

正岡子規が亡くなった日。

糸瓜忌(へちま忌)の集いに来ています。先程、鶏頭の花を献花をさせて貰いました。

子規記念博物館に掲げられた俳句が、道後の秋の風に揺れています。

「鮎はあれど鰻はあれど秋茄子」

どんな贅沢な外食よりも家ごはんの方が美味しい・・・みたいな句でしょうか。

うん、うん。わかる、わかる。

子規よりもすでに30年も長く行きているのに日々の感動をたくさん見逃している気がします。

『懐かしく、楽しく、嬉しい…事』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南海放送本町会館テルスターホールで「第2回 えひめe-Baseball大会」が開かれました。

今日は大会主催者ご挨拶の仕事から一日が始まりました。

ゲスト解説は、中村時広知事と始球式もやってくれた元ヤクルトの岩村明憲さん(宇和島東高校出身)
そしてピッカリ投法の佐野慈紀さん(松山商業高校出身)

岩村君も佐野君も、僕が実況中継していた高校球児時代からの知り合いだから、懐かしく、楽しい時間になりました。

コナミさんありがとうございます。

国体やアジア大会やオリンピックでも今後この「eスポーツ」が本格化しそうです。

最後に、身内を褒めるアホですが・・・

司会の竹内愛希アナ。和牛番組(「和牛のA4ランクを召し上がれ」)を担当するようになって一枚も二枚も実力がランクアップしましたね。

・・・それが嬉しかったです。

『小さな奇跡』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

僕は今日、大きな発見をして、一人興奮しています。

読み直していた「小さな藩の奇跡」。

それは伊予小松藩(現・愛媛県西条市)の江戸時代の藩士が残した日記なんです。

小松藩。

全国に266あった藩の中で一番弱小の一万石。藩士は足軽をいれても100人足らず。城なし、公用の馬は一頭だけ・・・という貧しさ。

でも、小松藩は維新の時。新政府軍として倒幕軍に加わります。出した兵は精一杯の51人。新潟まで出かけています。

その時亡くなった小松藩の武士は1名。重傷1名、軽傷1名。

その重傷兵の名前が目にとまりました。
和田源八・・・かれは政府から「感状」を貰いました。

なに?! 和田源八!!

この源八こそが、僕が昔ラジオドラマを創り、今は顕彰会をしている“オーロラになったサムライ”和田重次郎の父親なんです。

「お前は侍の子なんだぞ」と母親にいつも言われていたという重次郎。

その通り、維新戦争に彼の父・源八は本当に行ってました。

このタイプの興奮は僕だけしか分からないと思うけど、誰かに伝えたくてFBに書き残しておきます。

『町の自転車屋さん』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

毎週日曜深夜に日本テレビ系列で放送している「NNNドキュメント’18」。

その制作者担当会議という”勉強会”が今日から当社で始まっていて、全国29局から47人の若手・ベテランディレクター達が集結しています。

ご一緒していて、モノづくりのプロたちの目つきが実にいいので、気持ちよかったです。しかも半数は女性・・。

その冒頭のご挨拶を終えてから、パンクした自転車を押して近所の自転車さんに・・

「これは虫ゴムの劣化ですね。パンクじゃあありません」と、テキパキ仕上げてくれて、「はい、300円です」と。

300円!?

なんだか申し訳なくて、思わず・・あの古くなっているのでサドルも新しくしてください・・と(笑)。

僕たちローカル放送局って町の自転車屋さんと一緒だな。

どんな小さなことでもテキパキ、すぐに安く仕上げてしまう

・・そんなことを感じたものの、もう制作者たちへの挨拶は終わった後だし・・

『漱石が愛した街はどっちでショー』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

…そんな企画を考えて、一面識もない熊本放送のラジオ制作部に電話したのは、確か大昔「松山ー熊本」直行便が開通するというニュースを聞いた時。

僕のアナウンサー時代。

お互いの局から「わが街こそ!!」とひたすら言い合うトークバトルで一応ゲストに地元の漱石研究家をつけてやりませんか?!セールスは各局処理でどうでしょう。…と熱く語る。

「良いですねぇ」と二つ返事。

こういう時。保守的な部長さんだと「正式な要請書と企画書をいただいてからにいたします。技術部にも聞いてみないと…」みたいな返事になるんです。

が、熊本放送とか中国放送とかの老舗局に限ってノリがいい!

「1時間は欲しいですね」と熊本の部長さん。
はい、できれば…と、トントン拍子でした。

夏目漱石
…松山在1年 代表作「坊っちゃん」
…熊本在4年3ヶ月 代表作「草枕」「二百十日」

熊本では意外と漱石に対してイメージが薄いらしいのです。新婚時代だったし、長女が生まれた地なのに…

「草枕」がマジな文学作品で、猥雑な「坊っちゃん」に比べて(笑)市民に読んでない人が多いせいなのかもしれません。

大文豪には失礼ながらこの人、「松山」「熊本」「ロンドン」と行った先々、二度と来るものか?!と出て行っている(笑)

東京以外は駄目だったんですね。

熊本もいい街なのに…。
(ロンドンは一泊二日しか経験ないからわからない)

漱石もいた熊本の朝。

ホテルの朝ごはんで「うまかもん」いただきました。

『何故かあなたを思い出す』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

父方の祖母に懐いていたおばあちゃん子だったせいか、なにかにつけて未だにアレコレ思い出します。

3歳くらいの時。よく松山に連れて行ってもらいました。
(よく考えたら、今の僕は当時のおばあちゃんの年齢です)

お大師さんへのお参りがおばあちゃんの目的だったけど、こっちはお昼ごはんの「みつごし(三越デパートの事を何故か伊予市の人は濁音で言っていたのです)」のチキンライスがなによりも楽しみでした。

伊予鉄郡中線の駅を通過する毎に、次の駅を車掌さんより得意げに先に言う・・・ガキ。

「新川」「地蔵町」「松前」

すると、おばあちゃんが「カズヒコは賢いね」と頭を撫でてくれる。

うん。と答えて窓の外を向き直して、更に張り切3歳児(笑)

ところが、帰りの電車の記憶はなにもないのです。

駅名を言って褒めて貰って。
チキンライスを食べたら・・・それで“小旅行”の楽しみは終わりだったせいかもしれません。

高校2年の秋にそのおばあちゃんは亡くなりました。
ショックを受けた僕は、おばあちゃんの為に 生まれて初めて書いた小説を文芸部の会誌に出します。

凄く下手な文章でした。
(読むたびに道を誤らなくて良かったと思います・・・)

何故、こんなアタフタした出張のさなかにおばあちゃんを思い出したのか?!

さっき食べたオムライスの中のチキンライスのせいか?!

それとも・・・この山田屋まんじゅう(創業140年)のせいか?!

『ウーマン・ウーマン』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南海放送の二階喫茶は、今月中野球漫画喫茶になっています。

75作品・450冊あまり・・・読み放題。

喫茶にアイスラテを買いに下りたら「ドカベン」に熱中している女性客が。

「和彦さん・・・」と声をかけられて、振り返ったら深夜放送時代の有名リスナー「いよかん組の組長」!!

よぉー!!組長!
(夏井いつきさんより“組長”使用は彼女が早かったんです…笑)

当時のイメージはワムが似合うような快活で明るい大学生だったんだけど、もう中一生を持つママに・・・。

この夏は子供と一緒に猛暑の中、昆虫採集をしたんだとか・・・(笑)。

じゃあ。ゆっくり「ドカベン」読んでくださいと笑って別れました。

部屋に帰るとユニオン・ギャップの「ウーマン・ウーマン」がAIスピーカーから流れていました。

昔の仲間。ラジオリスナーと短い時間でも逢えるとなんだか、幸せな気分になります。
※「WOMAN・WOMAN」GALY・PACKETT・AND・THE・UNION・GAP(1968年)

『言い訳。そして、イメージの詩』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

10月から1クール12話だけど当社のテレビで始まるショート・ドラマ「民話DEドラマ」。
※毎週水曜午後8時54分から放送(初回は10月3日)

愛媛県下に伝わる民話をベースにして軽いコミカルなテレビドラマにするという企画。作・監督は岩城一平君。

僕のラジオドラマ「赤シャツの逆襲」をテレビドラマにしてくれた人で、その時に彼の才能を知ったんだけど、その通りの楽しいショートドラマを創ってくれました。

プレビューして久し振りにオチに大笑いした作品も・・。

主演は桝形浩人君。桝形君こと、まっすんにも別の朗報があるんですが、そっちはまだ言えません(笑)

僕の信頼する仲間たちはやはり「制作魂」を忘れていません。

吉田拓郎の「イメージの詩」の中で一番好きなとこは・・

♪ 長い長い坂を登って後ろを見てごらん 誰もいないだろう
長い長い坂を下りて後ろを見てごらん 皆が上で手を振るさ♪

本当の制作マンはそういるものではありません。

この業界、似非(えせ)は多いです。そういう人に限って文句を言ったり、評論はします。

ありがとう、岩城君。

僕もやる気になって、今日一日は時間をつくり、資料の読み込み日にしました。したがってこんな格好です。

本日、面会謝絶の言い訳は・・以上です。

※「イメージの詩」吉田拓郎 1970年