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『伝説の黄金ライオン』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

ロシア・オレンブルグ国際映画祭で「ソローキンの見た桜」に頂いた観客特別賞の受賞報告のためラジオスタジオに。
映画祭の主催者に、何故このトロフィーはライオンなんですか?と聴いたら・・・
「オレンブルグの先住民に伝わる神の使者がライオンだったんです」と。
ロシアにもインディアンがいたんだ?
こんな寒いとこにライオンがいたの?
ちょっと痩せてるのはその為?
・・・などと思いました(笑)。
映像では分かりませんが、結構重量があるんです、これ。

直前まで執務室で仕事していたから、不覚にも老眼鏡のままでスタジオに行ってしまいました。
後の祭りです。ま、映画祭の後ですが・・・(笑)

『井戸を掘った人』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

勝山中学校の生徒がロシア兵墓地の清掃活動をし始めたのは40年くらい前の事です。
京口先生が勝山中学校に教頭として赴任してきた時。「やろう」と声を上げられました。
当時は「共産圏のソ連の為にそんな事をしたら京口さん、アカのレッテルを貼られて、あなた校長になれませんよ。いいんですか?」と言われたそうです。
もちろん。先生は後に校長になられています。
京口先生は90歳を過ぎてご存命ですが、高齢の為外出は出来ず、長くお顔を拝見していません。
ロシア兵墓地にやっとスポットが当たるようになった今。井戸を掘った人の事を僕は決して忘れません。
一人は赤貧の中にありながら、取材を続けロシア兵墓地を活字にして全国に発信した作家・才神時雄さん。
先日、才神さんの娘さんとやっと連絡が取れて、南海放送がやろうとしている事にご理解をいただけました。
(9月28日放送 テレビドラマ「ソローキン女子の憂鬱」・・・才神時雄の青春)
そして、京口先生。・・・あなたです。
「歴史」は個人の強い意志と小さな勇気で作られていくものだと、あなたから教わりました。
ロシアの地で一人あなたを思います。

ロシア・オレンブルグ国際映画祭 授賞式の後 NNNモスクワ支局のクルーにインタビューをしていただきました。

『ソローキンの桜が・・・咲きました』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

8月27日(火)、映画の審査員と一般観客で満員になり、補助席が出されたオレンブルグのコスモシアター。

ロシア・オレンブルグ国際映画祭にNNNモスクワ支局のスタッフも取材に来てくれました。
そんな皆さんの前で、僕はこんなお話をしました。

「僕はロシア人と日本人は世界で一番仲良くなれる国民同士だと思っています。歴史がそれを証明しているからです。
1904年から2年間、両国が戦争をしていた時。ロシア兵捕虜収容所の第1号が松山に出来ました。
松山には病気や怪我によく効くという道後温泉があります。傷ついた兵士にはそこがいいだろうと日本軍は考えたのです
・・・(中略)・・・
あれから100年以上。今も松山市民がロシア兵墓地を大事に供養しているのは、それが日本人の普通の「真心」だからです。
戦争中に生まれた「友情」や「愛情」がテーマになっていますが、この映画で本当に知ってほしいのは、そんな日本人の真心です。
・・・そう話したら、「アリガトウ」の声が客席から返ってきました。
泣けてきました。
翌日の審査結果や授賞式なんてどうでもよくなってきました。
2004年の春。日露戦争100年の年にラジオドラマを創っておいて良かった。
いろんな風がふいたおかげで、それが映画になって良かった・・・。
そして、コーディネーター兼通訳のナターリァ。
ちゃんと訳してくれたんだな(笑)
スパシーバ。

『始まりの終わり?終わりの始まり?』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南海放送ラジオの11番目のFM補完局である「壺神(つぼがみ)FM局」が今日開局しました。
そのお知らせに江刺アナのラジオ番組に出演しました。

対象エリアは内子町、大洲市、伊予市などの約7000世帯となります。
ラジオの将来の在り方とスタイルは僕には見えているんですが、まだお話できる段階ではありません。
が、これだけは言えます・・・
“肌に寄り添う音声メディア”の強みは永遠です。その為の、地元への投資です。
南海放送が全国のAM局のトップを切ってFM補完放送に乗り出したのはそういうことです。
冒頭のタイトル。
正解は「始まりの終わり」の方です。
序章がまもなく終わり、いよいよラジオは本章です。皆さんのお力をくださいね。
いかにも社長みたいな事書いてしまいました・・・笑。ちょっと恥ずかしいです。

『守り抜くべき己の誇り・・・ロックだな』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南海放送本社のテルスターホールに飾らせてもらっているのは、
三島高校書道部が書道パフォーマンス甲子園で優勝した時のパフォーマンス作品です。

大好きな作品だったので、甘えていただきました。
「守り抜くべき己の誇り 過去の決断が今をつくる 未来を切り拓く覚悟 今心の刃を研ぎ澄ます」
女子高生に教わったステキな言葉達。
武士の刀がイメージだけど、内容はまさにロックです。
今週末の24時間テレビでご来社いただけるようであれば、ゆっくりご鑑賞ください。
僕は頭痛薬を飲んで(笑)これから東京に・・・
頭の中は朝からプリテンダーズの「ドント・ゲット・ミー・ロング」が流れています。
少し年上の姉さんであるクリッシー・ハインドのカッコ良さを思い出しながら・・・

『心に響く言葉たち』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昨日(8月4日)、第12回 書道パフォーマンス甲子園が開催されました。
漢字は日本人にとって謂わば「言霊(ことだま)」。
胸に残る沢山の言葉を高校生に教わりました。
初優勝した松本蟻ヶ崎高等学校(長野県)
「スマホの時代に筆を執れ」
※社長一年目に南海放送賞を差し上げた学校が5年目にして頂点に立ちました。

県立松江東高等学校(島根県)
「ここが我らの正念場」

そして今回、南海放送賞を差し上げた上宮高等学校(大阪市)
「貫け」

特別審査員の書家・紫舟の最後の言葉も毎回の如く胸に残りました。
「思いを込めてもっともっと筆に向かってください。そうすれば、もっともっと上手くなります」

翻って、僕は「思いを込めて仕事をしているだろうか」
「正念場を意識しているだろうか?」
「思いを貫いているだろうか?」
「スマホ相手にしか文章を書いていないんじゃないか?」
・・・とか。
松本蟻ヶ崎高等学校!各審査員からのぶっちぎりの高評価。そして初優勝おめでとうございました。

『ハローオールドフレンド』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

若かりし頃から彼女とコンビを組んでラジオの世界で生きてきました。
具体的に言うとコンビを続けていたのは新米アナウンサーだった23歳から32歳の時で、
はつみちゃんが結婚退職するまで・・・

今日は8月24日(土)23時30分〜生放送「和彦・はつみの青春シャッフル!」のCM録りと24TVのTシャツを着て撮影を。

この後の打ち合わせランチ会は、放送では言えないネタばかりで(笑)大笑いしながらの一時でした。
嫌なことも、疲れも、楽しいことも、みんなまとめて・・・シャッフル!シャッフル!
「和彦・はつみの青春シャッフル!」で逢いましょう。

『ソローキン女子の憂鬱』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

9月28日(土)放送予定のオリジナルテレビドラマ「ソローキン女子の憂鬱」の成功祈願祭が、
子規堂のある松山市末広町の正宗寺の才神時雄さんの墓前で行われました。

「ロシア兵墓地」を最初に天下に知らしめた作家、あの才神時雄さんです。

ラジオドラマではタイトルが「女史」でしたが、テレビドラマでは「女子」に変わっていて、
トライシグナルの三人(岡本真依さん、谷尾桜子さん、奥村真友里さん)や桝形浩人くんが出演いたします。

式典の司会は(ドラマにもでる)新人の青木美奈実アナ。

ラジオドラマとはうって変わって、才神フリークの女子大生達が綴るストーリー仕立て。
「ソローキンの見た桜」の完結編とも言えるものです。
原作者と言っても、映画よりも実はこっちのドラマの方が責任を感じています。

正宗寺さん ご協力ありがとうございました。

『ちょっとボンジュール』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

若い頃。お菓子メーカーさん提供のそんなタイトルのテレビ番組を生放送でやってました。
僕の後ろではガラス越しに漫画家の卵“しのぶちゃん”が何か書いている・・・というスタジオ風景。
その大野志信ちゃんから彼女の新作「てんびんの詩」(PHP研究所)が届けられました。
僕が来客中だったみたいで秘書にて預ったと。

35年前のテレビ番組「ちょっとボンジュール」。
あれから会ったこともなかった“しのぶちゃん”
ちょっとどころじゃないボンジュール。
ちゃんと描き続けていたんだね。
病気治療の後遺症で右腕が不自由になっているけど、動く限り描き続けます・・・との手紙も一緒に・・・。

嬉しいな。
僕と関わった人が皆んな夢を継続している。
ちょっとどころじゃなく、嬉しいな。

てんびんの詩 単行本
竹本 幸之祐(原作) (著), 大野 志信(漫画) (著)

『ロシアへの旅立ち』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昨夜の異業種交流会でご一緒した坊っちゃん劇場の越智社長に8月にオレンブルグに行くんだけど、気をつけることある?と聞いたら
とにかく英語が一切通じませんから、それは覚えておいてください・・・と。
8月末。映画「ソローキンの見た桜」がロシア・オレンブルグの国際映画祭に参加することになったんだけど、レッドカーペットメンバー達とはスケジュールがあわず、僕は数日後に一人で行って関係者にご挨拶をする役回りに。

※映画場面写真(ソローキンとゆい) ©2019「ソローキンの見た桜」製作委員会

団体行動は嫌いだけど、かといって一人はなんか怖い(笑)
プロデューサーから「モスクワ空港でコーディネーターと落ち合ってください」と。
(お、お、落ち合う・・・)
1972年。
初めて東京に出た時、「新宿西口で会おう」と田舎の友達と待ち合わせして会えなかった事を思い出します。
モスクワ空港って、新宿西口より広いだろうしな。

秘書がロシア語名刺を作ってくれました。

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