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『週刊新潮!ありがとう!』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

一昨日の土曜日は、ロシア大使夫妻との濃密な時間を過ごしました。

お二人の出会いはどこでですか?

「はい。職場結婚です」

・・・みたいな立ち入った話(笑)はする癖に、
もっと大事な話はなかなか切り出せないワタクシ。

そこはカラキシ意気地が無い。
或いはジェントルマンに振舞ってしまう。

ロシア兵墓地から松山城に・・・金髪カップルのお二人は実に仲がいい。

取材にわざわざ東京から来た週刊「新潮」のハンサムな記者さんが・・・

「大使。この地元ではプーチン大統領にロシア兵墓地の墓参に来て欲しいという動きがあるみたいなんですが、どうですかね?」と。

ズバリ切り込むあたりは・・・さ、さ、さ、流石です。

別れ際、記者さんの耳元で囁いときました。

「ありがとうね」

三井物産 安永竜夫社長(中央左/愛媛県出身)、ミハイル・ガルージン駐日ロシア連邦特命全権大使(中央右)

『プロのスピード感』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

3月13日(水)に全国発売されるノベライズ「ソローキンの見た桜」(ワニブックス)の早刷りが出来てきました。

一月末にお話をいただいて、まだ二か月たっていない今日、こうして本に仕上がってくる。

プロのスピード感は違います。

というか、業界・業界にプロフェッショナルがいるのですね。

・・・改めてそんな事を感じます。

本の“あとがき”を書かせてもらっています。
帯にはその抜粋も・・・。

明屋書店など全国で3月13日(水)に発売されます。(1400円+税)

読んでから、映画を観るか?!
映画、観てから読み直すか??

ちなみに書店には僕直筆のポップが飾られます。

字が下手なところは目を瞑ってください。

『かなしきデブ猫ちゃん』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

作家・早見和真さんの絵本「かなしきデブ猫ちゃん」が3月25日に発売になります。

そのご挨拶に“マル”と早見さんが南海放送に来てくださいました。

「子供が本を読まないと嘆く親が多いけど、あなた達がそもそも読んでないじゃないですか?!・・・って、いつも思います」と、早見さん。

僕と全く同じ考え方!!にまず、共鳴しました。しかもよくぞ、縁もゆかりもない街に住んでくださっている。

「松山を日本一子供が本を読む街にしたくて僕はデブ猫を書いたんです」と。

・・・本日より、大の早見ファンになりました。

※アエル松山のセレンディップ明屋書店で3月24日(日)13時~15時。

早見和真さん と かのうかりん さんのサイン会があるらしいですよ。

『あなたがいたから、出来た事』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

当社には特番企画などを考える総合コンテンツ戦略室という組織があります。

その組織が一昨年。「赤シャツの逆襲」というラジオドラマをテレビドラマにしたいと提案してきました。

僕が大昔に芸術祭賞をいただいた作品でしたが、立場的には収支計画優先であれこれ注文をつけましたが、結果はうまくいきました。

去年の今頃。総合コンテンツ戦略室はロシア・日本交流年を背景にラジオドラマ「ソローキンの見た桜」のテレビドラマ化を提案してきました。

柳の下にそうそうドジョウはいないと、アレコレとまた注文をつけましたが、担当者の熱意で結果的にはGOサイン。

担当者はキャスティングと制作の相談に東京の平成プロジェクト・益田社長に面会します。

そこで彼女に一喝されるのです。

「何、それ?!何、考えてるの?!」
「やっぱりダメですか?!」
「こんなスケールの大きい話をテレビドラマの1時間なんて!何、考えてるの?!無理でしょ」
「・・・」
「映画よ、映画。日露合作にして、ロシアでも放映しましょう。」
「えーっ?!!!映画?!ロシア合作?!」

益田祐美子社長が業界で凄腕プロデューサーとして知られているのは、こんなところです。

彼女の読みと決断に“(井の中の)田舎のかわず”はついて行ったのです。

『凛としている女性』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

同級生のお母様の葬儀に参列してまいりました。享年91歳。

生前何度かお会いしているのですが、実に聡明で上品な面持ちのお母様でした。

彼はお父様からジャーナリストの血を受け、このお母様から「品」を受け継いだんだなと思ったものです。

喪主であるお父様の謝辞・・・
(この方は現役時代は敏腕記者であり、新聞社の社長もされました)

「素晴らしく賢い良妻賢母でした。ご近所やお友達など皆さんに愛されました。私は新聞記者しかしませんでしたから、子供二人をキチンと育てたのも家内一人です。

ただこんな事もありました。新聞で暴力団を叩く記事を書いた時に、その頃は個人情報がどうのこうのなかったですから、自宅に彼らから脅しの電話が直接かかってくるんです。

ある時。家内がその電話をとった時。じゃかましい!!と一喝して電話を叩き切ったんです。以来、電話はかかってこなくなりました(場内・・・笑)」

凛としている女性は僕の憧れです。

彼のお母様。カッコよかったんですね。
ジャーナリストの血もお母さんからだったのかも、ともう一度手を合わせました。

黒いネクタイをピンクに締め変えて、東京に急ぎます。
「ソローキンの見た桜」の関係者への完成披露試写会です。

『母の繰り言』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

大きな式典で挨拶したり、司会したりする僕を見るたびに、
亡き母は「あんたがあと10センチ背が高かったらねぇ・・・」と。

「私が牛乳が嫌いじゃったけん、あんたに飲ませなんだんが、いかんかった。
Kちゃんは(僕の弟)あんたで失敗したからちゃんと牛乳飲ませたけん、良かったんよ」・・・と。

失敗作みたいに言われてもなあ(笑)

僕はあなたが毎晩、寝床で読み聞かせをしてくれたお陰で本好きになって、
それで人生をしのいできたから、それだけで感謝しているのに・・・。

(お見せできませんが)下着はリスナー軍団から還暦祝いに頂いた勝負の赤パン。

第52回 南海放送賞の吉日です。

『1992年のララバイ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昨日、サッカー元日本代表監督、西野朗さんの講演会に行って来ました。いい時間でした。
(早稲田大学の二年後輩だけど、何故か“さん付け”・・・笑)

1992年に愛媛でキリンカップサッカー「日本 対 ウェールズ」がありました。

松山でこんなビッグゲームがあったのはこの年が最初で最期。

参加チームはアルゼンチン、日本、ウェールズ。

僕はテレビの実況をやったのですが、この時の解説が確か・・・西野さん。当時からハンサムでした。

西野さんとは全国高校サッカー選手権大会も何試合かご一緒しました。

「和彦の実況は面白いから・・・」とサッカー嫌いの父親がおふくろにそう言って、キリンカップは一緒に観たんだと後で聴きました。

この時の日本代表は攻撃的MFがラモス瑠偉。FWは高木琢也のワントップでした。

すでに優勝を決めていたアルゼンチンのカニーヒア(カニージャ)が自分とおなじような金髪の彼女を連れて優勝カップを松山のスタジアムに取りに来ました。

あの時の彼女。今はどうしているんだろう・・・。

なんでそんなツマンナイ事ばかり思い出すんでしょうね。

1992年の、僕のララバイ・・・です。

『新世界・・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昨日は、お誘いを頂いて大阪交響楽団の演奏会に行って参りました。


※演奏会チラシの画像

前半の演奏でオーケストラバックにピアノを奏でたのは赤いドレスの林澄子さん。
松山東高校のOG。

昭和の母親たちが娘に一度はピアノを弾かせようとした気持ちが分かりました。
・・・か、か、カッコいい。

(前の席にいらした友近ママに後で聞いたら、やっぱり一度は娘達にピアノをやらせてみたらしいです。)

後半の演奏曲は僕が知っている数少ないクラシック「新世界より」(ドヴォルザーク)。

中学一年の頃。親にねだってステレオを買って貰い、「クラシックを聴くなら…」という母親との約束で一年だけ聴いたLPの中にあった曲です。

その後。荒木一郎、フォーク・クルセイダース、ビー・ジーズ、サイモン&ガーファンクル…とクラシックから離れていき、・・・挙句、ご存知の中年ポップス野郎に。

演奏会の余韻を楽しみたくて、一人二次会にスタバタイムです。

おや?!お店の黒板に愛媛マラソンの応援が・・・。

この店はコースに面しているから営業的に迷惑かけるのに、嬉しいですね。

『ラジオの奇跡PART2』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

ラジオに最初の奇跡をもたらしたのは「ラジコ」という新たな“思考”でした。

そしてそのPART2が、数日前にTBSラジオが発表した「リスナーファインダー」というラジコデータを使った新たな“アイテム”。

今、ラジオを聴いている推定人数や年齢構成などが1分おきに表示されるというものです。

(これ見ながらスタジオで喋るのは刺激的!!・・・笑)

ラジオの奇跡は、いよいよ“思考”から“アイテム”に具現化されてきました。

思い返せば、ラジコの言い出しっぺは今は大学の先生になっているMさん。

そして、TBSラジオの社長もMさん。

ラジオ界変革のキーパーソンはM!かも(笑)。

残念ながら僕はKTです・・・。

『巨匠の最後』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南海放送の歴史の中で最高の賞を獲ったのは盲目のチェンバリストを主人公にした「父から子への歌声」というテレビドキュメンタリー番組でした。

芸術祭大賞。

創ったのは大先輩のHディレクターで、僕たちは親しみを込めて敢えて軽く「巨匠!」と呼んでました。

ラジオ畑の僕はHさんの声が好きでラジオドラマ「ソローキンの見た桜」ではロシア兵捕虜のトップだったボイスマン大佐役を。

「ラジオ屋伊平騒動記」では大石内蔵助役をお願いした思い出があります。上手かったです。

「巨匠にラジオドラマの出演依頼など申し訳ないんですが・・・」とか言いながら。畑違いの気軽さです。

「田中君はバカにしてそう言っているんだろう」と豪快に笑いながら、ふたつ返事でいつも受けてくれました。

そのHさんが80歳の冬に亡くなってらして(公表されず)それが分かったので、今日ご自宅にお悔やみに行ってきました。

亡くなる一週間前。

自宅の最後の病床でご自身の作品を見直したいと二枚の番組DVDを皆さんでご覧になったそうです。

“制作者魂”とはそういうものなのですね。

いいお話を聞かせて貰いましたと奥様に頭を下げ、Hさん宅を後にしました。

外は雨。

人はいつか必ず死ぬ。

僕なら何を最後に聞きたいだろう・・・。

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