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『阿部純子ちゃんの司会』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

パイプオルガンの威容を感じる大阪のいずみホールで行われた2019年6月29日の日露交流年閉会式。

司会は映画「ソローキンの見た桜」のヒロイン、阿部純子ちゃんです。

有り難く嬉しいキャスティングですが、ほとんどこっちは親心気分です(笑)
安倍総理とプーチン大統領の開会挨拶。プーチン大統領のユーモアを交えたコメントは秀逸でした。

国立モスクワ音楽院室内合唱団と相馬子どもコーラスのジョイントも見事でした。

最後に、「これからは日露地域間友好プロジェクトとしてこのムーブメントを引き継ぐ」と両トップが発表しました。

『2019年。雨の備忘録』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昨日。ロシアの大阪総領事からお電話をもらいました。
一生懸命で丁寧な日本語でした。
プーチン大統領や駐日ロシア大使に対して僕が熱い親書を送っていた事のお礼のようでした。
「G20大阪でのプーチン大統領のスケジュールはとてもタイトで、今回松山までは行けないのですが、映画『ソローキンの見た桜』のこともそうですし、人道的な立場でロシアと日本の交流を推し進めてくださることに心から感謝しています。」
すべて届いていたんだな。
電話の主の日本語のように僕も一生懸命に、丁寧に諦めないで続けていこう・・・と思いました。
梅雨入りの松山は冷たい雨。
でもなんだか気持ちいい朝。

映画「ソローキンの見た桜」の場面写真(ソローキンとゆい)
Ⓒ2019「ソローキンの見た桜」製作委員会

『頑張っている君に』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

愛玩犬でなく、
人の為に頑張っているワンコを目にするたびに、
頭をなでてあげたくなります。

僕は君を見ているからね、と。

60歳の時。かつての深夜放送のリスナー達に頂いた勝負の赤いパンツ(お見せできませんが・・・笑)に合わせて、ネクタイも赤ベースにしてきました。

当社の株主総会の朝です。

『エスケープ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

最初は自我が芽生える頃。
誰しも一度は“家出”を頭に思い浮かべます。
或いは、年をとった後でも「いつかしたい・・・」と漠然と憧れたりするものです。
先日の とべ動物園で行われた脱走対策訓練(災害時に檻が壊れて、猛獣が脱走した場合の訓練)のニュース映像を見ていて・・・

家出を考えた青春時代をふと思い出し、ライオンさんの気分になってしまいました(笑)
あのライオンはいつの時代だかの僕です。
※「エスケープ」(ルパート・ホルムズ)1979年

『きまぐれビーナス』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

~50歳以上にしか通じない話~
おひさま市で昨日見つけたトマト。130円。

今朝の朝食に。
食べる時、思わず頭に浮かんだ歌。
去年のトマトは 青くて固かったわ
(「きまぐれヴィーナス」1977年)
阿久悠の力か、森田公一の力か、それとも桜田淳子の力か・・・。
未だにフラッシュバックするなんて・・・。
しかも僕はロックとポップス専門のDJだったのに。

※「気まぐれヴィーナス」桜田淳子/1977年

『風に立つライオン』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

一年に一度。
日本テレビグループにいらっしゃる愛媛県出身者に声をかけて、
当社の東京支社で「県人会」をしているんです。

※写真は、南海放送東京支社(日本テレビタワー20階)より新橋・虎ノ門方面の夕景(2019年6月某日)

卒業した高校を聞けばだいたいどの辺りの生まれか分かります。
Hさんは八幡浜高校出身。

「田中さんにお話があるんです」・・・と。
「数年前のこの会で、青年海外協力隊に行きたくても、その制度のない会社はおかしいから、
うちはそのための休職制度を作りました・・・と田中さんがおっしゃっていたのに刺激を受けて、
秋から僕アフリカに一年半行く事にしたんです」

凄い!偉いじゃないですか!

「田中さんは20代の社員の為のイメージだったんでしょうが、僕45でもう行けるギリギリだよなと思って・・・親もまだ大丈夫だし。嫁さんや子供にも分かってもらったんで」

そんな旦那やお父さんは家族から尊敬されますよ・・・

「2年後に帰って来たら、この会で報告したいから、県人会を続けてくださいね。この会で田中さんの話を聴いて思いたったんですから・・・」

はい。
日本テレビでもやり手として知られているH君。ちょっと責任も感じるけれど・・・(笑)

『5年前のサヨナラ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

5年前の今日。
当時、僕のサヨナラ作品ですと創った「風の男 BUZAEMON」の放送日でした。
(2週間後に株主総会が待っていたからです。)

ドラマを書くために世話になった郷土史家さん達と営業さんとかも全部入ったシンポジウムの記念写真。

コーデネーターは木藤たかおさん。愛光学園の先輩。
アナウンサーになろうと思った時、亀渕さんの早稲田大学と一緒に慶応義塾大学を受けたのは、
卒業生名簿で慶応義塾大学からニッポン放送に入っていたアナウンサー第1号の先輩・木藤さんの名前を見つけたからでした。
(ちなみに僕は第3号)

熊本フミちゃんに「私の故郷・鬼北町の話なのに私の出番はないんですか?」(笑)と言われて、
ならば、ドラマの中で武左衛門と絡む少女の役の名前をフミにするわ、と。
おかげで、話のオチを決めずに書いていて、そうだ語りの老婆は少女フミの晩年にすればいい・・・と、書き上げました。
ところが。冒頭の老婆の喋りだしが現代の取材者の質問に答える型になっていた。
武左衛門の相手をした少女なら、200歳を超えていることになる!!ヤバイと。
しばし悩んで・・・そうだ老婆は妖怪にしようと(笑)。
で、最後に妖怪の高笑いを響かせてエンディングに。
これがカッコいいオチになって審査員に受けました。分からないものですね。

僕が一番の笑顔なのは、思い通りに出来上がり、やり切った満足感から・・・。
今の仕事にサヨナラをする時も、かくありたいと願っています。ずーっとやってると身体がもたないし・・・
さ。みんな頑張ろう!!月曜日だぁ

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