能楽師”人間国宝”の梅若玄祥さんが会社に寄ってくださいましのでトップとお会いいたしました。

僕の隣に立っているのは茶人・木村宗慎さん。
木村くんは高校の後輩ですが、彼の大胆で広範な人的ネットワークがあったからこそ”人間国宝”を今回、宇和島まで引っ張ってこれたみたいです。
よく、声をかけれたねえ。
「ま、お茶も、お能も室町時代からの流れですから・・」
・・・ですけどね(笑)。
僕ら素人は”人間国宝”と聴くと、頑固一徹の宮大工の棟梁のイメージがどうしてもあるんです。
ところがこの包み込むような玄祥さんの笑顔。
梅若玄祥さんが大昔にロマンチックな恋をして、今に至られていることも知っています。
そんなものをすべて含めて、その人柄や人生の全てが人を惹きつけるような微笑みになっているような気がします。
所作も眼差しも言葉遣いも・・・すべて「粋」なのです。
見習いたいです。憧れます。
お茶も、書道も、踊りも、謡も、なんなら着付けも、・・・・なんにもできない僕だけれど。
梅若玄祥(うめわかげんしょう)さん 1948年2月16日生まれ、68歳
観世流シテ方能楽師。現代を代表するシテ方の一人として知られ、数多くの賞を受賞。
宇和島藩伊達家ゆかりの民謡「宇和島さんさ」を後世に残すため、統一した振り付けを考案。
健診センターの朝。
僕は今日一日、名前でなく番号で呼ばれます。
刑務所気分です。だから社内でも役職名で呼ばれるのが嫌いなのです。

「オプション検査、つけますか?」笑顔の可愛い受付嬢さんです。
血液検査で分かるのを全部お願いします。
「はい」
で、ストレス症候群チェックってありますか?
「え…っと?!それは…」
すいません、冗談です。DJ時代の癖でどっかに笑いを欲しくなるアホ中年なのです。
ジョークはTPOを、農家さんはTPPを考えないとね、田中君。
番号で呼ばれる孤独とは別に…。
競走馬には大まかに言って三種類の脚質があります。
「逃げ」「差し」「追い込み」。
三冠馬とか、名馬のほとんどは「中団・好位からの差し」。いわゆる優等生タイプです。
「逃げ」はやんちゃな不良(笑)。最初はいいんだけど、最後まで根性と脚が残らないことが多いです。
「追い込み」は寡黙な孤独癖のイメージがあります。レースによってはずーっと”後方まま”で終わり、ファンの期待を裏切ります。
が、一年に一度くらい、鮮やかな直線ごぼう抜きの勝ちを見せることもあって、そういうことを一度目にした人はもうダメです(笑)
馬券的にはそういう人はトータルは無残な結果となることが多いです。
ただ、競馬ファンの本当の幸せとはなんだろう・・・と考えたとき。その答えは100通りあります。
懇意にさせてもらっている作家・吉永みち子さんの元夫は吉永正人(故人)と言って、いつも最後方からいくタイプの騎手でした。
「そしてポツンと最後方に吉永正人。マイポジションをキープです」・・・なんて実況アナウンサーに言われていました。
実は僕も追い込み馬に騎乗したいタイプなのです。だから彼が好きでした。彼ほど勇気はないんだけれど・・・。
※ ※ ※ ※
松山大学女子駅伝部の取材で仙台に行っていた藤田勇次郎アナと玉井カメラマンを慰労したいから
呼んでくれない・・と言ったら、
「ニュースの特集が今日なんで、追い込み中です。時間が取れないそうです」と。
そりゃそうだ。申し訳ないことを言ってしまった。自分から報道現場に行けばいいんだ。
で。「追い込み中」のビデオ編集室にお疲れさん! を言いに行ってきました。

今晩の「ニュースCh4」で8分の特集だとか。
大特集です。全国初優勝だもの。チームに二人共食い込んでいるから映像が違うし・・
仙台、お疲れさん!! オンエアーで見せてもらうね。
一言だけ・・・彼らに言葉を残しました。

砥部焼の良さは、その日常性にあるとかねがね思っています。
60の窯元が揃う秋の砥部焼祭りのオープニング。
盛り上がる餅まき大会。
みきゃんと中村知事の人気ぶり。不肖、弊社のウイットも(笑)
若いカップルが食器を選びながら歩く幸せな後ろ姿。

この秋祭りの担当営業は、かつてのラジオセンター時代の部下ちゃんだった制作マンのN君。
「来月12日で、樋又スタジオさよならイベントから10年です」とN君。
そうか、そうだったよね。一緒に燃えたよね。
2時間の生放送ドラマ。ラストキャンドル。涙を堪えたら情けなく詰まってしまった最後のご挨拶。
あれから…10年かぁ?!
砥部の町中で10年分のため息を。
後悔でなく、ちょっと懐かしく、幸せなシーンを一つ一つを思い出して…
全国のラジオ業界で僕が「士(さむらい)」と認めている数少ないうちの一人、入江さんが松山に来てくれました。
彼の肩書きは(どれが適切なのか分からないんだけど)放送評論家・ディレクター&プロデューサー・・みたいな感じ。
ずっと前。
入江さんから「今度の民放大会のラジオシンポジュウムで”SNS時代のラジオの可能性~冷静と炎上のあいだ”っていうのを企画したんですが、そのモデレーターやってくれませんか?」という電話をいただいた。
はい、はい。いいですねえ。冷静と炎上のあいだ・・っていうのが!!と、いつもの二つ返事。
「では近づいたら、そのうち松山に打ち合わせに伺います」
※ ※ ※ ※
正直言うと「モデレーター」という言葉を知らなくて、なんか参考意見でもいう役くらいだろうと思っていたら、司会者とかコーディネーターみたいなのを、そういうらしい・・・。
無知とは恐ろしい。今更聞けない用語も増えてきた。最近では、キュレーターとか! (笑)
パネリストに真鍋かをりちゃんがいるらしいから、県人としてちょっと懐かしい、な。たしか彼女はウチの豚児と同い年のはず。
(やつも一浪時代、彼女の母校・横浜国立大を受験したし・・)
写真は打ち合わせ後の「くるみ」での記念ショット。店のご主人たちもご一緒。

本日から「半端サムライ」は篭城してお勉強と準備を始めます。
残念!! (これはギターザムライだったな)
※入江たのし氏 1983年にニッポン放送入社。 オールナイトニッポンをはじめとする番組制作ディレクターとして活躍。
1992年にニッポン放送退社。 以後テレビ、ラジオの番組企画や、webコンテンツのプロデュース、原稿執筆を行なう。