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『雨にさよなら』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

ミヤジーこと宮嶋那帆アナウンサー、本日をもって引退です。

寺尾英子アナウンス部長と最後のスリーショットを…。

残念だけど、待っている家庭があるんだから仕方ありません。

雨にさよなら…、を。

みなさん『Qクエ』他でのご愛顧ありがとうございました。

『4月になれば彼女は』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

『4月になれば彼女は』
・・というタイトルのサイモンとガーファンクルの名曲があります。

(センスのいいDJなら3月末から4月の第一週までにはオンエアーしたい楽曲です)

歌詞の内容はボブ・ディランほどではないけど難解で、
要は「4月に彼女と巡り合ったけど7月頃までには別れた・・」みたいな失恋の歌とされています。

経営用語でいえば「第一四半期で恋が終わったんかーい!!」ってことになります(笑)。

早朝にまた、リビングの片隅に置いてあるオルゴールが何もしないのに突然鳴りました。

午前6時の♪都の西北です。

息子が20年くらい前。北海道に修学旅行に行ったときの僕へのお土産ですが、
数か月前にもいきなり鳴りだし、気持ち悪いから「大丈夫か?」と電話したことがあります。

古民家でもないからポルターガイストもおらず(笑)、
せいぜいウチで亡くなったのは犬の「ブー」と猫の「妹妹(メイメイ)」だけなので・・。

こいつらが寂しがっているなら「今でも愛しているからね」と言ってやればいい。

「4月になればラジオマンは・・」

さ、期末。経営用語が飛び交う会議に出かけます。

※「April Come She Will / 4月になれば彼女は」Simon & Garfunlel(1966年)

『夏井先生・・。』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

久し振りにラジオ収録スタジオで『一句一遊』の夏井いつき先生にお会いしました。

彼女の前では「僕、忙しくって・・」なんて口が裂けても言えません。

忙殺・・って言葉がありますが「こんなことで殺されてたまるっかい!?」と先生なら死神に言い返しそうです(笑)。

プレバトの影響でこの歴史あるラジオ番組も投句数が、一気に桁違いになったそうです。
そして県外者のラジコ・プレミアム利用も・・

夏井先生。心から応援しています。そしてこのラジオ番組を大事にしてくれて、ありがとうございます。

面と向かって、何も言えなかったので・・、FBで一言。

※『夏井いつきの一句一遊』南海放送ラジオ 毎週月曜~金曜 午前10:00~10:10放送

『思い出すこと。忘れたこと。』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

出勤前に老母の病院の見舞いに行ったものだから、久しぶりに鉄砲町あたりを移動しました。
かつての局舎があった地域(エリア)です。

開店前の美容室の美しい女性が店の周囲の道路をほうきで掃除していました。
技術やテクニックを磨くよりも、よりもそういうことの方がビジネスで成功する要因になるとよく言われます。

清々しい光景ですね。

そういえば、新人時代。
営業部員は上司から「毎日30分前に出社して、先輩の机をきれいに拭いておけ」と言われていました。

そういうアナログチックな精神論は流行らなくなりましたが、すべてを否定してもどうなんだろう・・とも最近思います。

僕はどうしていたっけ?!

初心の行方は?

思い出すこと。そして忘れてしまったこと・・。

今朝のBGMはボンジョビです。

『ありがとう。…全部覚えてます』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

かつてのヒコヒコタイムのリスナーさん達は筆まめです。

今日も2通の長文のお手紙を頂きました。彦根市と山口から…。

丁寧で謙虚な文章。
…ありがとう。君の事、全部覚えてますって。

面談時間を中断して、すぐに返事を書きました。

かつては、ハガキにマイクで応えていたのに…
今は、手紙にハガキで応えている。

そんな自分にちょっと微笑みました。

そして、待たしていた面談者に「ゴメン、ゴメン」と。

『雨の日は東京タワーが寂しそう』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

今日は会議の為(他系列のキー局なんですが)六本木のテレビ局に行く予定。

このタイミングを利用して、東京支社の社員面談も朝一番からやりました。

面談打ち上げに、ランチは皆んなで近場の“牛タン”屋さんに…。
僕はそろそろシーズンが終わるシチューをセレクトしました。冬の名残り…ですね。

この全社員面談は4月末まで続きます。

雑談をしていると、みんなの家庭環境とか結婚のいきさつなんかが分かり、
なんだかビッグファミリーになった気がします。

ちょっと嬉しい勘違い(笑)です。

…にしても。

雨の日は東京タワーも寂しそうです。

孤高である人間がそうであるように。

『さよなら・・My Style』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南海放送を卒業して音楽活動一本で行くことにした津野紗也佳ディレクターに
今朝、退職辞令をお渡ししました。

僕のラスト作品『風の男~BUZAEMON』の音楽を担当してくれた恩人です。

いつもの派手な衣装とは違い、さすがに今日はスーツ姿でした。

「民放大会でラジオ部門の全国グランプリ表彰を受け、壇上から君が降りてきた時。
 その場でハグしたかったんだけど、人目はあるしセクハラになるし・・で、断念したことだけが心残りです」
と最後の言葉を贈りました(笑)。

厳かな退職辞令授与式ではきわめて異様なお別れの挨拶になりましたが、許してください。

敬意と想いをこめて、今朝は君の所属するバンド「ワン・フィンガー」のアルバムを社長室に流しています。

その一曲目が『My Style』。

この判断が君の人生のスタイルなら、サヨナラは・・仕方ないな。

※1 FINGERミニアルバム『ONE DREAM 2』(2016年8月リリース)

『ラジオの会』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

かつて僕が創ろうとして断念した明治時代・余土村(現・松山市余土地区)の盲目の村長「森盲天外」。

制作を断念したのは盲目をラジオでどう表現するか? アイデアがなかったからです。
そのままの文章表現では僕らしくないな、と思い・・。

今度、江刺アナがラジオドラマでこの森盲天外をやるそうです。

僕の3代前の社長だったDさんが2年前に「森盲天外」生誕150年の記念公演をされた原稿を読み直していたら、
凄いことを読み落としていました。

昭和23年。この余土地区にはラジオを聴いて明るい余土村を建設しよう!と
公民館活動の一環として「ラジオの会」があったという事を・・。
勿論当時はNHKラジオだけです。

ちなみにラジオ南海が昭和28年の開局。
送信所の用地がなくて困っていた時、助けてくれたのが森千代松という当時の余土村長さん。
「ラジオの会」が盛んだったところだから、ラジオについては愛があり、ここに民間放送ができるなら応援してやろうと
一緒に土地を探してくれたそうです。
そして市坪に決まりました。

なんて、いい話なんでしょう。

僕は松山東OBではありませんが「がんばっていきまっしょい!」と自分に気合を入れたいような朝。

江刺アナにこのことは話しておかないと・・・お節介かも(笑)。

※森盲天外(1864~1934)
  伊予郡西余戸村(現松山市)出身。本名は恒太郎。
  若くして県議会議員として活躍するが、両目を失明する。
  失意の中で、一粒の米を手にして心眼を開き比叡山で修行をした。
  その後、余土村村長に推され、模範村の盲目村長として名をあげた。
  晩年は青年教育のため道後に「天心園」を開き道後湯之町町長を務めた。
  失明から心眼を開くまでの事情を『一粒米』につづった。
  俳句をよくし、正岡子規に師事し「天外」の号を受けたが自らは「盲天外」と称した。

※南海放送ラジオ「森盲天外 ラジオドラマ・シンポジウム」
  4月16日(日)12:00~14:00放送

『静謐であること。そして小さな誤解』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

春を前にして机上を片づけました。
室内にはパソコンからロックが流れていようと、僕に今、一番必要なのは「静謐」です。

「ラジオの好きな社長だから、さぞや現場には煩いんだろうな」と世間では思われているらしいです。

小さな誤解ですね。

僕は自分が部長時代や局長時代にやりたいようにやらせてもらったから、
先達がそうであったように現場には何も言わないことにしています。

失敗したら、編成・制作担当が責任をとればいいんです。
フリーのタレントさんだって編成ごとに命がけなんです。
サラリーマンも同等の世界にいないと失礼になります。

ただ。オンエアーで、いい話を上手にしてくれた時や選曲のいい放送は褒めることはしています。
ラジオリスナーとして・・・。

今朝がたも朝ワイドでプリテンダーズが8時20分ころかかかっていました。今日のお天気にぴったりの選曲。
だから・・スタジオに電話して「いいねえ、こんな日のブリテンダーズ!」と伝言はしました。

♪ 誤解しないでね あなたが私のそばを通り過ぎる時
 いつもアタシが まぶしくしているのは ネオンの灯が目に入ってくるからなの 誤解しないでね ♪ 

「ドント・ゲット・ミー・ローング」でプリテンダーズはそう歌っています。

僕の好きなタイプの女性のいいそうなこと。

そして僕のラジオへの恋心に似ています。

※Don’t Get Me Wrong /The Pretenders(1986年、アメリカとイギリスのチャートで10位のヒット)

『サイレントマイノリティ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

『火曜の夜の放送聴きました。心にしみるようないい番組でした』

かつての深夜放送のもう一人の僚友・松沢はつみちゃんから、そんなメールを貰いました。

   (2月28日火曜21:00放送 南海放送ラジオ 特別追悼番組『スタンドバイミー 林浩彦』)

ふだんなら。「貴女の時もちゃんとやってあげるからね(笑)」と軽口を叩くところ。

が、そんな冗談を言える気分にはなれず、

「とにかく元気でいよう。死ぬのはいつだって死ねるんだから、元気でいよう」と返信したら、

『うん、うん。^_^』と返ってきました。

カフ(マイクの業界用語です)を切ったら僕たちはサイレントマイノリティ。

次のTM(テーマ曲の事。僕ならばポップコーン)が流れるまでは静かな時間なのです。

今日のランチはヤリイカと春野菜のペペロンチーノ。

あなたのいなくなった春なのに、堀端には梅が咲いています。