大三島
今治市
新居浜市
四国中央市
松山市
久万高原町
大洲市
八幡浜市
宇和町
宇和島市
御荘町

南海放送

南海放送

本日は

8/22

猛暑時々くもり

34/25 20%


テレビ
TV
ラジオ
RADIO
イベント
EVENT
オンデマンド
ON DEMAND
アナウンサー
ANNOUNCER
ニュース
NEWS

『頑張っている君に』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

愛玩犬でなく、
人の為に頑張っているワンコを目にするたびに、
頭をなでてあげたくなります。

僕は君を見ているからね、と。

60歳の時。かつての深夜放送のリスナー達に頂いた勝負の赤いパンツ(お見せできませんが・・・笑)に合わせて、ネクタイも赤ベースにしてきました。

当社の株主総会の朝です。

『エスケープ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

最初は自我が芽生える頃。
誰しも一度は“家出”を頭に思い浮かべます。
或いは、年をとった後でも「いつかしたい・・・」と漠然と憧れたりするものです。
先日の とべ動物園で行われた脱走対策訓練(災害時に檻が壊れて、猛獣が脱走した場合の訓練)のニュース映像を見ていて・・・

家出を考えた青春時代をふと思い出し、ライオンさんの気分になってしまいました(笑)
あのライオンはいつの時代だかの僕です。
※「エスケープ」(ルパート・ホルムズ)1979年

『きまぐれビーナス』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

~50歳以上にしか通じない話~
おひさま市で昨日見つけたトマト。130円。

今朝の朝食に。
食べる時、思わず頭に浮かんだ歌。
去年のトマトは 青くて固かったわ
(「きまぐれヴィーナス」1977年)
阿久悠の力か、森田公一の力か、それとも桜田淳子の力か・・・。
未だにフラッシュバックするなんて・・・。
しかも僕はロックとポップス専門のDJだったのに。

※「気まぐれヴィーナス」桜田淳子/1977年

『風に立つライオン』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

一年に一度。
日本テレビグループにいらっしゃる愛媛県出身者に声をかけて、
当社の東京支社で「県人会」をしているんです。

※写真は、南海放送東京支社(日本テレビタワー20階)より新橋・虎ノ門方面の夕景(2019年6月某日)

卒業した高校を聞けばだいたいどの辺りの生まれか分かります。
Hさんは八幡浜高校出身。

「田中さんにお話があるんです」・・・と。
「数年前のこの会で、青年海外協力隊に行きたくても、その制度のない会社はおかしいから、
うちはそのための休職制度を作りました・・・と田中さんがおっしゃっていたのに刺激を受けて、
秋から僕アフリカに一年半行く事にしたんです」

凄い!偉いじゃないですか!

「田中さんは20代の社員の為のイメージだったんでしょうが、僕45でもう行けるギリギリだよなと思って・・・親もまだ大丈夫だし。嫁さんや子供にも分かってもらったんで」

そんな旦那やお父さんは家族から尊敬されますよ・・・

「2年後に帰って来たら、この会で報告したいから、県人会を続けてくださいね。この会で田中さんの話を聴いて思いたったんですから・・・」

はい。
日本テレビでもやり手として知られているH君。ちょっと責任も感じるけれど・・・(笑)

『5年前のサヨナラ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

5年前の今日。
当時、僕のサヨナラ作品ですと創った「風の男 BUZAEMON」の放送日でした。
(2週間後に株主総会が待っていたからです。)

ドラマを書くために世話になった郷土史家さん達と営業さんとかも全部入ったシンポジウムの記念写真。

コーデネーターは木藤たかおさん。愛光学園の先輩。
アナウンサーになろうと思った時、亀渕さんの早稲田大学と一緒に慶応義塾大学を受けたのは、
卒業生名簿で慶応義塾大学からニッポン放送に入っていたアナウンサー第1号の先輩・木藤さんの名前を見つけたからでした。
(ちなみに僕は第3号)

熊本フミちゃんに「私の故郷・鬼北町の話なのに私の出番はないんですか?」(笑)と言われて、
ならば、ドラマの中で武左衛門と絡む少女の役の名前をフミにするわ、と。
おかげで、話のオチを決めずに書いていて、そうだ語りの老婆は少女フミの晩年にすればいい・・・と、書き上げました。
ところが。冒頭の老婆の喋りだしが現代の取材者の質問に答える型になっていた。
武左衛門の相手をした少女なら、200歳を超えていることになる!!ヤバイと。
しばし悩んで・・・そうだ老婆は妖怪にしようと(笑)。
で、最後に妖怪の高笑いを響かせてエンディングに。
これがカッコいいオチになって審査員に受けました。分からないものですね。

僕が一番の笑顔なのは、思い通りに出来上がり、やり切った満足感から・・・。
今の仕事にサヨナラをする時も、かくありたいと願っています。ずーっとやってると身体がもたないし・・・
さ。みんな頑張ろう!!月曜日だぁ

『女.野心の読書会』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

当社のラジオソムリエから、「『ソローキンの見た桜』を仲間の読書会で取り上げるんですが、東京に来た時、ゲスト参加してくれませんか」・・・と。
女性ばかりのグループ「女.野心の読書会」(後ずさるようなネーミングだけど・・・笑)かぁ、さすが都会だな、と。
それも大学の先生や若い女性社長さん達が中心のハイレベルの集まりで、いろんな話が通じる、通じる。

あっという間の二時間。
ありがたく、楽しい時間を丸の内のおしゃれなスイーツの店「ピエールエルメ」(マカロン人気発祥の店と言われてます)で過ごしました。

ラジオを聴いている人。
本を読んでいる人。・・・まだまだ、います。
印刷文化まだまだいけますよ。
出版社の方、怯まないでくださいね。
に、しても・・・
マカロン!甘ーい!

『ラジオを語る』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

今朝の愛媛新聞朝刊にでていた吉田照美さん(元・文化放送アナウンサー)

早稲田大学アナウンス研究会の2年先輩で、
僕が新入生だった頃の委員長さん。学部も同じ・・・。
一言でいえば「真面目」な方。
でも文化放送時代にはっちゃけた番組をしていたせいか、世間のイメージは随分違います。髪も金髪だし・・・(笑)
就職の第一志望はNHKでしたが、結果的には文化放送に進まれました。
当時は随分落胆されてましたが、そっちに進んでいたら今の吉田さんはありませんでした。
人生なんて分かんないもんですね。
僕はこれからあなたがいる東京に。僕なりにラジオを語る昼、夜の会合に向かいます。
こうしてオファーをいただくのは照美さんとは少し違うタイプの“ラジオ愛”を未だに持っているからです。
堪らなく、貴方に。いや青春時代の“委員長”に会いたくなりました。

『広報たまちゃんの憂鬱」

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

当社のメディア広報部がこんなん創ってくれました。
↓南海放送公式ツイッターで見られます!
https://twitter.com/i/status/1126728573757292544
ツイッター発信用なんだと聴きました。
“遊んでいる如く仕事をする”・・・僕の目指すスタイルです。

『ハイヤー&ハイヤー』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

元DJらしい事を書き残しておきます。
ソウルシンガーのジャッキー・ウィルソンが「ハイヤー&ハイヤー」をヒットさせたのは1967年。
(と、いっても全米6位くらいでした・・・確か)
しかし。僕がこの歌を初めて知ったのはそれから10年後。
1977年にリタ・クーリッジがカバーしたのを聴いたからでした。
1967年には中学生だった僕も、
1977年には新人のアナウンサーになっていたのです。
好きで入った放送局でしたが、洋楽のちゃんとした番組がないことや、レコード室の購入計画もきちんとしていないなど、僕はかなりショックを受けました。
1977年頃。社内でラジオは軽視されていましたし、軽視されているのをなんとかしてやろうという先輩もいませんでした。
「ハイヤー&ハイヤー」は簡単に言えばラブソングです。
“あなたに出会えて、私は生きがいを見つけたの だからなんにも 今は怖くはないの”
・・・みたいな歌です。
僕はジャッキーウィルソンの「ハイヤー&ハイヤー」を5月12日に放送するラジオドラマのラストテーマにしました。
「ソローキンの見た桜」そのものよりも、ロシア兵墓地を全国に発信した無名の作家・才神時雄の存在を知った時、僕は熱くなったからです。
“あなたに出会えて 私は生きがいを見つけたの・・・”
まさに歌のままの気分になりました。
だから恥を忍んで、立場もわきまえず彼の為のラジオドラマを創りました。
で、ラストはこの曲に決めていたのです。脚本を書く前から。
youtubeは法律的にカバーされていませんから、このブログに貼り付ける事はできません。
だから、そっと見てください(笑)
モノクロ画面で二人のダンサーが踊っている映像のジャッキー・ウィルソン「ハイヤー&ハイヤー」を。
軽い曲なんですが、そのうちなんだか泣けてくるんです。
男と女の恋の物語でなくても、燃えるものに出会えた喜びを表す楽曲でこれ以上のものはありません。
まだ、そんな“人”や“何か”に出会っていない人にも「夢」を与えてくれる曲です。
『それではお送りしましょう。幸せになりたい貴方に!!ジャッキー・ウィルソン「ハイヤー&ハイヤー」!!』
・・・なんてね。

桝形浩人さんと松岡宏忠アナ

戒田節子さん

【ラジオ放送スケジュール】
5月12日(日)午前11時~シンポジュウム「才神時雄の青春」
          正午~ラジオドラマ 「ソローキン女史の憂鬱」

愛媛松山にあるロシア兵墓地を広めた作家・才神時雄に焦点を当てながら、
映画「ソローキンを見た桜」を越えるラジオドラマを作ると息巻く女ラジオ局長と制作ド素人部下のコメディドラマ。
作家・才神時雄役を劇団P.Sみそ汁定食主宰の桝形浩人さんが。
その妻で、今回語りも務める才神ゆりの役をみかん一座座長の戒田節子さんが務めます。

『レモンの花が咲きました』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

浜口庫之助が作った60年代のジャパニーズフォークの代表作は「バラが咲いた」でしたが・・・

写真は我が家の玄関先のレモンの鉢植え。
ご覧ください・・・レモンの花が咲きました。
(あいりちゃんのフランス菊に隠れて小さく咲いています)

さ。お仕事開始ウィーク。
新しいポールスミスを締めて出社しました。

何ヶ所かのハートマークが赤くなっているのが、気に入りました。
“男の愛はその程度がいいんだよ”・・・そう言っているようで。

・・・とここまで書いて、今日からクールビズのスタートと気づきました。

※あいりちゃんのフランスギク
 東日本大震災の津波で亡くなった佐藤愛梨ちゃん(当時6歳)ゆかりの花。

トップページへ