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『昔、むかし。あるところに・・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

深夜放送時代のペンネームは「くもりのちはれ」君。
彼は八幡浜から佐賀の大学に行って、南海放送ラジオが聴けなくなりました。
たまたま知り合った女の子が、深夜放送をカセットに録音して毎週彼に送ってあげていました。
で、二人はやがて結婚します。
(ラジコがある今の時代ではありえないラブストーリーです)
その彼“くもりのちはれ君”こと尾下君が店長になってフジ伊予店に異動赴任してきました。
実家に行くついでがあったら、顔見に行くよ・・・と約束していたので、昨日お墓参りの後で孫と一緒に逢いに行きました。

不思議な縁が続きます。
昔、むかし。あるところに深夜放送をしていたDJとリスナーだった青年がいました・・・
そして・・・物語は続きます。

『応援。それは人生に必要なもの』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

不思議なもので、愛媛県の高校がセンバツ高校野球に出場しないからか(笑)
無観客での開催が検討されているとのニュースをクールに見ていました。
応援のないスポーツがどんなにつまんないものか分かるから・・・
無観客試合をやるのは悪くありません。
応援。それは人生に必要なもの・・・です。
深夜放送時代に貰った1枚1枚のリクエストカードもそんなチカラがありました。お返しをしないと・・・。
だからウチの会社はこの街の応援団でずっといたいと思っています。
今朝はホイットニー・ヒューストンを聴きながら、皆んなが元気になる方法ばかりを考えています。

画像は現在放送中の自社PRのテレビCMです。

『ピカピカの一年生!!』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

4月から小学一年生になる社員の息子さん、娘さんにお祝いをお渡しする今日はイベント会。
このあと、お父さんお母さんと一緒に職場見学をして貰いました。
今年の児童さんたち・・・
まあやちゃん、えいとくん、あすかちゃん、ゆみかちゃん、ひろきくん、こうたろうくん、ゆいちゃん・・・です。
そういえば孫娘もみんなと同い年なんだよな。
おめでとう!!みんな南海ファミリーなんだよ。
ピカピカの一年生まであと一ヶ月!!

『こうとしか生きれない・・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昨日は、出張から帰社し、思いついた新しい取り組みをアレコレ命じて、更に面倒なことを一つ二つ片付けて、やっとため息。
まだ、やりたい事はいっぱいあるのに・・・「全社一斉定時退社の日」の範をみせないといけないから(いやいや・・・笑)会社を出る。
そして観ていなかった映画「1917」へ。
レディスデーだったのに客は4人。アカデミー賞を最後まで争った作品なのに・・・。
そう、やはり「二番じゃだめなんです」。
舞台は第一次世界大戦のヨーロッパ。最前線に伝令に向かう二人の兵士をワンカメラで追うから、自分も伝令になった気がしてともに死地を彷徨う気分になりました。
ハードだけどサラリーマンの方が兵士より遥かに楽だなと何度も思いました(笑)
南海放送が顕彰を続けている水野広徳が、この第一次世界大戦を視察に行って「今の戦争は殲滅戦になった。こんな悲惨な事は絶対止めないと・・・」と一気に“反戦軍人”になったあのヨーロッパ戦線です。

    <水野広徳>
福岡で買ってきた堂場瞬一の文庫を少し読んでから寝たかったのに流石に気力なし。
最初から何もしないでいればいいものを(笑)
・・・僕はこうとしか生きれないんだけれど。

『なんでもするけどさ・・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

当社のテレビCMを創る案がメディア広報部から上がってきて・・・
「社長にご出演を・・・」と。
僕はラジオだったら、這いずっても出ていくけど、テレビは死ぬほど嫌いなんだよね。
「それは知っていますが、キャスターの清家さんがCMディレクターをしてくれるんです。彼女の絵コンテですし、是非とも・・・」

そうか・・清家キャスターのリクエストは断れないな。
で。本日CM撮影日。

一番は記者会見で僕が槍玉に上がるシーン(笑)

なぜ。そうなるのかは3月からのCMにご期待ください。
ストーリー仕立て3本立てです。

『Qちゃんに教わったこと』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

最後の35キロの坂に向かう時ね、坂の上を見てはいけないの。二つの意味からね・・・
一つは顎が上がると姿勢が後傾になるから、足が前にでなくなるの。
昨日の愛媛マラソンで、年代別日本新記録をだした古泉選手は、なんど転んでも最後まで前傾姿勢でした。

藤田、江刺両アナのアナウンスにも泣けました。
転んだ古泉選手に「もう歩いてもいいのに、この人は歩きません。走ります」
Q(高橋尚子)ちゃんの語ったもう一つの理由。
坂を見上げて「あー坂だ、しんどいな」と思ったとたん、脳が反応して足が重くなるの。
ここは坂なんかじゃない!と、自分の脳を騙さないといけないの。
サラリーマン生活にも通じるあれこれを、Qちゃんは、愛媛マラソンは教えてくれます。
今日からまた、前傾姿勢でいかないと。

『マラソン一色』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

今日は全社でマラソン準備一色だから、来訪も来客もなく、僕もノーネクタイで出社しました。
19時からの150人の放送スタッフが集まる最終ミーティングに出るだけです。
数年前のこの席で、
死ぬ直前までソファーに寝たきりで放送指揮をとっていた伝説のディレクターの話をしたら、
となりのメインプロデューサー(彼の当時の部下)が号泣を始めたので、その話はもういたしません。
が、僕らは鬼気迫る死相で声を張り上げていたTディレクターは“南海放送スポーツ中継の神”だと今でも思っています。
第58回愛媛マラソン。
放送を作る方も必死で頑張りますから、ランナーのみなさんもいいランを見せてください。

『ラストソローキン』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

2月2日(日)鬼北町の旧・日吉村で行われた愛媛国際映画祭。


    @2019「ソローキンの見た桜」製作委員会

「ソローキンの見た桜」のラスト上映だったのですが、観客が少ないと映画が可哀想だし、
日吉村はかつて創ったラジオドラマ「風の男 BUZAEMON」の舞台。
いろんなケリを付けたかったから、こっそりチケットを買って出かけました。
・・・が、なんと会場は満員大盛況。

南予担当の営業部長さんが「田中さん。これは社長として原作者として、皆さんに挨拶しないといかんでしょう」と。
俺は今日はプライベートなんだぜ。
「何、言ってんですか。金曜日に売り切れて当日券もキャンセル待ちで席も増やしたんですから・・・」と諌められて(笑)
冒頭。前に出て少しご挨拶を致しました。
皆さん、ありがとうございました。
久しぶりにちゃんと見直したらいい映画でした(笑)。

『サバイバルファミリー』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昨日のシネマルナティックでの愛媛国際映画祭「サバイバルファミリー」の舞台挨拶・・・
「今日の舞台挨拶は、写真、動画、SNSの投稿は許可されています」

司会の甲斐アナウンサーがそうコメントします。
(許可なんかーい!?)ありがたい!!

記念撮影担当は、当社の広報たまちゃん。脚立に仁王たちでカッコいい!!
(後で、プロのカメラマンかと思ったよと本人に話しました)
矢口史靖(しのぶ)監督とは、上映前に鍋焼きうどんの「アサヒ」さんで偶然ご一緒でした。
この映画の主演、小日向文世さんはあのイメージのままのトーク。実に好感です。

人はやはり話し方で魅力度が違いますね。
僕は、あとは「声」の好き嫌いが激しいです。ま、ラジオマンですから・・・
たくさんのご来場ありがとうございました。

『愛していたい』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

昨日から、東京で挨拶まわり。
僕以外の営業マン達は寒い東京なのに、担当から役員までみんなコートを着用しません。
放送営業マンの伝説的なプライドです。
そういえば・・・
ノーアンブレラ ノーコート・・・ってのが
ハートの「愛していたい」(1990年)の歌詞にあったよなと記憶をたぐりました。
“雨の中。傘もレインコートも持たない道端の見知らぬ男を車に乗せて、ホテルで一晩中愛し合ったの。だって、そんな気分だったから・・・”
という歌で、当時物議をかもしだしましたが僕の好きなロックでした。

共同通信社では、昭和22年の金沢国体で活躍した伝書鳩の剥製を見せてもらいました。
5羽一組で、取材写真や原稿を東京まで時速60キロで空を駆け運んだそうです。
(今のメール写真添付のスピードを思うと隔世の感です)
凄い時代があったんですね。
「各新聞社との伝達も鳩だったんです。朝日新聞だ、毎日新聞だという担当で。
でもある時、他のグループの鳩に恋して違う会社にいく鳩がでてきたりして大変だったらしいです」
それはそれで人間らしくて(違うかぁ。鳩かぁ・・・笑)いい話ですね。みんな恋に生きるんだよな。
「愛していたい」(ハート)の先取り版だぁ・・・などと、口には出しませんでしたが、思いました。
この剥製の鳩がその張本人だったかは不明です(笑)

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