『巨匠の最後』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南海放送の歴史の中で最高の賞を獲ったのは盲目のチェンバリストを主人公にした「父から子への歌声」というテレビドキュメンタリー番組でした。

芸術祭大賞。

創ったのは大先輩のHディレクターで、僕たちは親しみを込めて敢えて軽く「巨匠!」と呼んでました。

ラジオ畑の僕はHさんの声が好きでラジオドラマ「ソローキンの見た桜」ではロシア兵捕虜のトップだったボイスマン大佐役を。

「ラジオ屋伊平騒動記」では大石内蔵助役をお願いした思い出があります。上手かったです。

「巨匠にラジオドラマの出演依頼など申し訳ないんですが・・・」とか言いながら。畑違いの気軽さです。

「田中君はバカにしてそう言っているんだろう」と豪快に笑いながら、ふたつ返事でいつも受けてくれました。

そのHさんが80歳の冬に亡くなってらして(公表されず)それが分かったので、今日ご自宅にお悔やみに行ってきました。

亡くなる一週間前。

自宅の最後の病床でご自身の作品を見直したいと二枚の番組DVDを皆さんでご覧になったそうです。

“制作者魂”とはそういうものなのですね。

いいお話を聞かせて貰いましたと奥様に頭を下げ、Hさん宅を後にしました。

外は雨。

人はいつか必ず死ぬ。

僕なら何を最後に聞きたいだろう・・・。