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南海放送

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『吉田拓郎。そして村下孝蔵の海』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南海放送サンパークがまだアンテナ公園と呼ばれていた頃。

デビュー前後の吉田拓郎がギター一本抱えて広島からやってきた・・・と、大先輩に聞いたことがあります。

1970年あたりのことだと思います。

広島の大学生だった吉田拓郎がフェリーで海を渡っていたんだな、

そして その時なにを思っていただろう・・・と。

彼は後に「東京に出て行く」も「おけいと離婚しました」も、ラジオで発表しました。

『松山行きフェリー』を作った頃の村下孝蔵くんも松山のロープーウエイ街にあった伝説のライブハウス「9th」時代によくお会いしました。

1981、2年の頃。FM愛媛や僕のラジオの深夜放送が始まる直前でした。

彼も吉田拓郎と同じくこの瀬戸内海をしょっちゅう渡っていた訳です。

夢がいっぱいあったんだろうなあ。

これから帰る松山。

僕の夢は・・・なんだろう。(宇品港にて)

※「松山行フェリー」村下孝蔵 1980年

『海で思い出す、アレコレ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

広島行きの水中翼船で船酔いして、ずーっとトイレに閉じこもっていたのは1985年の3月。

その時思いついたのが、あの「赤シャツの逆襲」のストーリーでした。無念な思いから・・・(笑)

いつからか。水中翼船からスーパージェットに代わって船酔いはなくなり快適に、しかもスピードアップされました。

その分、アイデアや発想が湧かなくなったかも・・・(笑)。

愛媛FCの役員さんと出発前、松山観光港で遭遇し、昨日の初勝利を喜び合いました。

“思い”から人生が変わるように、“全ての事は初めに心ありき”・・・なのかもしれません。

海で思い出すアレコレのうちの一つ。

頭に流れるテーマ曲は「シーオブラブ」(ハニー・ドリッパーズ)です。

※「Sea Of Love」 Honeydrippers 1984年

『21回の無。そして、1回の夢。』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

年に四回くらいしかない曹洞宗の「写経教室」

今日を逃したら今年はゼロになるかもしれない・・と。午前中に休みを取って行ってきました。

ちなみにうちの宗派は浄土宗。

母親の初彼岸ということもあり、心を込めて「般若心経」を書いてきました。

これを墓前に捧げる・・というと ちょっとくさいドラマになるんですが、サラサラその気はありません(笑)

「お父さんとお母さんの子やのに、なんであんたは字が下手なんやろ」

・・と人生で100回以上言われましたから、墓前に持って行って、母の安らかな心が乱れてはと・・、愚考いたしました。

書き終えて、一番難しいのは「無」という漢字だと気づきました。哲学的ですね。

般若心経にはこの「無」が21回も出てくるんです。

それに比べて「夢」は1回だけ・・。

どうでもいいことですが、そんな事に気づいてしまいました。

『3.13の思い出』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

河原学園9校合同の卒業式に行ってきました。

式典中。

やっぱり理容学科・美容学科の男の子のスーツとネクタイ選びのセンスがいいな、と

関係ないチェックを来賓席からしたりしていました。

3年前の今日もこの場所にいました。3.13は特異日ですね(笑)。

もう1つ。3年前の今日、ケツメイシさんがご挨拶にいらして、うちの娘の(笑)

いや、津野ちゃんこと“チャーカ”の音楽界への道が始まりました。

2年の休職の後。去年の今日、退職辞令を渡すことになりました。

(ここにいなよ、と止めたんですが・・・)

3.13はいろんな人の旅立ちを見送る日かもしれません。

全ての若者に、わが娘に、その春に・・・幸あれ!!

※ひめぎんホール5階まで満席の今日の卒業式。
※3年前、そして“去年の今日”の津野くん。

『15年の歴史・・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

天気の良かった昨日、日曜日。うちの孫は砥部動物園に行って、ペンギンに魅入っていたらしいです。

大人になると、なにかに夢中になるこんな時間が少なくなるなと思いました。

さて。夜は、お笑い芸人の「友近」さんの後援会総会が開かれました。

彼女が吉本興業に旅立った時に地元愛媛のファンが応援しようと送り出す会が開かれたのがきっかけです。

民放テレビ局4社の社長が1期2年づつ交代で後援会長になる約束で、去年、今年は僕が会長です。

第15回という事は、彼女が全国区の芸能界に飛び出してそれだけの年が流れたという事です。

いまやお笑い芸人のみならず、歌手として女優として存在感を高めてきた「友近」さん。

現在公開中の映画『嘘八百』でも好演をしています。

(松山では大街道シネマサンシャインで今週金曜日までです・・・)

会長の放送局が司会者を出すという事で、今年も江刺伯洋アナと佐伯りさアナが

「友近」さん以上のノリで後援会を盛り上げてくれました。

ちなみに江刺アナは「友近」さんの大のお気に入りです。理由は分かりませんが、確かに息がぴったりでした(笑)

『約束された偶然』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

とある日の明け方見た夢です。

さんまさんの『恋のから騒ぎ』に出ていた知り合いのA子ちゃんがベルギー大使と不倫を乗り越えて結婚することになって・・・

それを当社が独自取材。

彼女の実家の島根県の山奥にある旅館に行ったのです。

1日3組しか泊まれない古民家。これでペイできるの?と思いながら・・・。

次の瞬間。ベルギー大使の実家にいて、これも山奥のペンション。しかも作りが一緒で1日3組しか泊まれない!!

え!!これって凄くないかぁ?!

“約束された偶然!”ってあるんだよ、な、凄いな。

と、同行した新居浜支局の女性カメラマンに言うんだけどイマイチぴんと反応しない。

「そんなことより帰りのヘリコプター来てますよ」と。

そうか?!ベルギーからの帰りはヘリコプターか?あれ?来るときなんで来たっけな?思い出せない・・・

で。目が覚めました(笑)なんなん?

※写真は数年前、松山の自衛隊駐屯地でヘリコプター体験に参加した時のもの。

『幸せに思う、あれやこれや』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

(1)業界紙にちよっとしたラジオ論文を書いていたんですが、

  (社内からはノーリスポンスだったけど・・笑)

  他のラテ兼営局のK君から感想メールをいただきました。

  K君へ「僕は他局とはいえあなたを同志だと思っていますから、読んでくださっていたことがなにより嬉しいです。

  頑張りましょうね」と返信メールを送りました。

  PS、カープはもう少しタイガースに手を抜いてください・・とも。

(2)デパートのオープン前。いよてつ髙島屋の「選抜いけばな展」開展式に列席してきました。

  司会は作道泰子ちゃん。相変わらず可愛い。
  
  会うたびに「お前、いつまで可愛くいるつもりやねん。なんの血ぃすうて美貌をキープしているのか教えなさい(笑)」

  と軽口をたたくのですが、今日は上品な会場なので目だけで挨拶。

  僕がラジオに異動した頃。フリーになりたいというので頑張ってねと送り出したんです。

  そうしたら、すぐ他局でのテレビ出演が始まって、それを当時の上司が「田中君が甘いから、ああやって他局に逃げていくんだ」と。

  頭に来たから「なら、彼女のテレビ番組をウチが作ればよかったんですよ。なにもしなかったじゃないですか。

  彼女はどこで活躍しても、うちのラジオが実家なんですから、頑張っているねと褒めてやったらいいじゃないですか!」・・と。
  (また゛喧嘩っ早かった頃のお話です)
  
  ※写真のいけばな作品は24時間テレビなどで毎年お世話になっている池坊の矢能華奈先生の作品。

そして・・

(3)トーストにマーガリンをたっぷり塗って食べたくて仕方なかったんですが、思い通りの朝ごはんで一日がスタートできました。
  

・・・幸せに思う、あれやこれや。

『母の遺品』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

北海道の妹が少し早目の彼岸参りに帰郷しました。

お寺さんだからお彼岸ウィークは本業が忙しいからです。

で。ついでに去年の夏に亡くなった母親の遺品整理を実家でしてもらっています。

「これ?いる?」とメールで連絡が・・。

途中で退部した大学のサークルの卒業記念ペナント。

もう一つは入社間もないころ。初めてラジオで喋った頃のスタジオショットです。

日曜の夜勤アナウンサーで、ラジオナイターが早く終わったら22時までスタジオで

何かDJをやって繋ぐ・・という仕事があったのです。

早くナイターが終われ、終われ、といつも思っていました。

いずれも1977年の頃です。

こんなのをおふくろは捨てずに置いてくれていたんだな・・・。

思いを噛みしめて、・・「いる!」と返信しました。

『大人のピンク』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

ある会合でメンバーのご老人から呼び止められて・・・

「田中くん。こないだのテレビドラマ『赤シャツの逆襲』、見たんやけどな。

わし、小説『坊っちゃん』読んでないからな、なーんも面白なかったわ」

それは失礼しました。

・・・静かに頭を下げました。

20代の頃だと

「夏目漱石も読んでいない方がこの会のメンバーにいるとは知りませんでした・・・」とか、言い返してしまっていたと思います。

“大人”になりました。

『大人のピンク』、二日連続のピンクです。南海放送の“林家ペー”です。

昨日とはスーツもワイシャツもネクタイも全部違うからお許しください。

昨日数えたらピンクのネクタイがウチには5本もありました(笑)

「・・・アホやがな」と他人に言われても、

今なら、「はい!アホです」と笑ってお応えできます。

にしても。今日の松山城・・・最高です。

『よろこびのうた』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

1919年。徳島県において、日本で初めてベートーヴェンの第九『歓喜の歌』が歌われた史実をもとにした舞台。

今日、この「坊っちゃん劇場」の新作『よろこびのうた』のヒーロー・ヒロインのお二人が南海放送に来てくださいました。

四宮貴久くんと帆風成海さん。

主人公ミハエル役の四宮君は坊っちゃん劇場作品には何度も出演されています。格好いいです。

ミハエルと恋に落ちる老舗旅館の箱入り娘・明子役の帆風さんは四国中央市出身で元・宝塚歌劇団ですよね。

高校二年の時、四国中央市の市民ミュージカルに出演したのがこの世界に入るきっかけだったそうです。

第一次世界大戦の「坂東俘虜収容所」の物語は映画にもなりましたし、そのロケ舞台を観に行ったこともありました。

日露戦争の時に松山にあった捕虜収容所のラジオドラマ『ソローキンの見た桜』を作ったことがあったから、惹かれて出かけたのです。

僕の3月はすでにスケジュールがぎっしりなので、4月になったら観に行こうと思ってます。