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『青い影。そして、デイトリッパー』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

スマートスピーカーに向かって「オーケー! グーグル。ビートルズを流してください」

そういったのに、流れてきたのがプロコル・ハルムの「青い影」でした(笑) 

雨の夜とたばこの煙を思います。どうやら・・
 
“ビートルズとその時代チャンネル”に接続しているらしいです。

野菜カレーを食べにココイチに行ったら、間違えてグランドマザーカレーが出てきて、それはそれで美味しかった!
・・みたいなもんです。(あっ、比喩として・・)

会議週の一週間です。

が、「楽しそうにする人生」。曲がデイトリッパーに変ったことだし・・

窓を大きく開いて今日の松山城を。

ハクショーン! 寒いわ!?

※「青い影(原題:A Whiter Shade of Pale)」Procol Harum  1967年
※「Day Tripper」 The Beatles 1965年

『プリーズ・ミスター営業マン!!』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

先週、今週。東京、大阪の挨拶廻りをしながら感心したこと。

営業マン達はとにかく「歩く!!!歩く!!!」

僕の階段部宣言なんて、彼らの日常に比べたらちょろいもんです。

「次は◎◎社に行きます。歩いて30分もあれば行けますので、田中さん、傘は持ってますか?」

うん。

(えーっ。タクシーじゃないんだ) と、情けない思いは・・心に畳んで・・っと。

その昔。あるラジオ社の営業マンは、冬でもコートを持たなかったのが当たり前だったという「伝説」があります。

寒い中、ノーコートで来た心意気を先方に見せる。

それ以前に、情熱さえあれば、コートなんていらない・・・という(笑)

モーレツ時代のマジな伝説なんですが、その流れはウチの局の今の彼等にもあるんだな、と教えられました。格好いい!!

もう一つ。

松山市役所から送られてきた「飛鳥乃温泉・グランドオープン」の記念写真。

こういう式典にはダーク系のスーツで行かないとまずいなと反省いたしました。

僕だけちゃらこくてごめんなさい。コートを着たままの列席だけと思っていたんです。

カーペンターズの「プリーズ・ミスター・ポストマン」(プリーズ・ミスター・営業マン・・に聴こえます・・笑)を聴きながら・・

あれこれ日々教えられ、反省することばかりです。

※「Please Mr. Postman」 The Carpenters (1974年)

『リバーシブル』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

伊予銀行のかつての頭取でいらした桝田三郎さんの訃報を空港へ向かう途中、新聞で知りました。

頭取をされていた頃は、こっちはチンピラアナウンサーでしたから接点はなくて
ニュース原稿で桝田さんのお名前を読んでいました。

数年前からご縁をいただいて年に一回くらいのペースで酒席をご一緒させて頂きました。
僕より丁度30歳年上で、父親の年齢に符合します。

偉ぶらない素敵な紳士でした。

ウチの初代の社長だった平田陽一郎さんと同じく京大OBで、
僕の中の大学イメージナンバーワンが京大なのは、お二人を知ってからです。

桝田さんが頭取になられてから、秘書を出張に同行させない、飛行機はエコノミーしか使わない…
を徹底されはじめたので、未だに愛媛県内の財界人はそれに倣っています。

凍てついた空。

あなたを思いながら大阪に飛びます。僕は相変わらずあなたのように柔らかな笑顔ができないチンピラのままでいます。

※タイトルは今日のネクタイがリバーシブルなので…それと同じく裏表のない桝田三郎さんのことを書こうとして、
結果なにも書けなかった故の残骸です。

『おきざりにした悲しみ』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

全社員の前で“階段部宣言”をして1週間。
先週は両側のふくらはぎが張って痛かったのですが、なんとかそれはなくなりました。

♪ 生きていくのは ああみっともないさ
(岡本おさみ作詞 吉田拓郎 作曲「おきざりにした悲しみ」1972年)

…と歌いながら今日も地下駐車場から8階まで166段を。

ゼイゼイ。

あとはこの息切れだけ…(それが問題やねん・・・笑)。

僕のモットーである「楽しそうにする人生」

今日はいつもと違う北側階段を使ってみました。

おやっ?!こんな風景もあるんですね。

あまり人に見てもらえない場所からの切り取られた風景。

それはまるでラジオの深夜放送みたいで…悪くないじゃないか?!と。

ゼイゼイ。

『かまぼこ、ごまめ、黒豆』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

「歌会始めの儀」にご招待をいただき、皇居・松の間のテレビでしか観たことのない世界に陪席させていただきました。

固唾を飲む音が聞こえるくらいの荘厳たる静寂の中。歌が次々に披露されます。

天皇・皇后両陛下のまなざし、所作。佇まいだけでオーラを発する気品に圧倒されました。

小宴があとであり、盃の日本酒にかまぼこ、ごまめ、黒豆のおつまみが…。
たべないで包んで持って帰るのがしきたりらしいです。

お酒は美味しいぬる燗で盃を一気にいただきましたら、おかわりを侍従みたいな方が注いでくださいました。
…見回すと飲んでいたの僕だけでした。

皇居を逃げるように後にして(笑)ランチに…。

付き添いの社員ちゃんとレストランで和定食を頼み、持ち帰ったかまぼこ、ごまめ、黒豆…を頂きました。
※定食の右下あたりに置いてあるのがそれです。

歌会始めは勿論、写真は撮れませんが…

待合室で「あれ?!中村吉右衛門だぁ。小説家の北村薫先生だぁ。
早稲田の先輩だし、スキップもターンもリセットも読んでるから話しかけようかしらん…」などと、
一人で盛り上がっていました。

栄えある「歌会始め」の出席報告にこのタイトルはどうなん?…と反省しながら、松山に帰ります。

『大言壮語』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

今日は平成30年の業務開始式。ですから、新年冒頭の社長挨拶というのが全社員の前であるんです。

こういう時はグローバル経済の混沌だとか、AIやICTの今後についてとか、放送と通信の明日について述べるのが
「いかにも」「らしい」のですが、僕は”そういうのは新聞読んでください派”・・なので(笑) 一切語りません。

(社外秘なのでアレコレ内容は書けませんが)

その代り一言だけ・・大言壮語を申し上げました。

「本日をもって南海放送階段部に入りました。今後、来客の送迎以外でエレベーターは使いません。
 ですから、もし甘えた僕をエレベーターで見かけたら注意してください!」
(場内・・爆笑)

言うてもた。言うてもた。これで後に引けなくなった。

今年初の定点観測。

見あげれば冬空の松山城。”坂の上の雲”があり過ぎると絵になりませんね。

それと同じく「言葉」は多すぎると空虚になるものです。

『Go Go Go&Go`s ON!』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

カレー納会が始まりました。

気分は・・「来年もハッピーでいようぜ」!!

母親を亡くした年になんてヤツだと思われるかもしれないけど、でもハッピーでいようぜ!! と。

今年はハンバーグとイカリングのトッピングまできました(笑)

来年はトッピング目標を「伊予牛・きぬの味」にして頑張りましょう!!とご挨拶いたしました。

アフターにシュークリームと珈琲付き・・

総務・人事・経理・社長室のおもてなし部隊の面々も頑張りました。

ついでにラジオスタジオのトリュウ君とディレクター達に年末のご挨拶に行ったら、
「今、糸居五郎さんのお話していたとこなんです。しゃべっていきませんか」と・・・。

で、糸居さんのことを5分ばかりラジオでお話しして、失礼しました。

もう一度いいます・・

来年もハッピーでいようぜ”!!

DJ糸居五郎ふうに言えば、Go Go Go&Go`s ON!

『ディスクジョッキー記念日』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

伝説のDJと言われた糸居五郎さんの命日にちなんで、今日はそうなっているらしいです。

1953(昭和28)年10月1日。午前5時45分に開局したウチの放送の最初の声は
当時京都放送から応援に来ていた糸居五郎アナウンサーでした。

記念日と関係があるのか出勤時の雲の形と朝日が何とも言えず、素敵に見えました。糸居さんありがとう。

今日は仕事納めと納会。こんな日に新しいスーツをおろしてきました。

サラリーマンのスーツなんて自分が見ても似たようなものばかりなんですが、気持ち的には身が引き締まります。

一年間、良く頑張りました・・自分。

※糸居五郎氏
1921年生まれ。戦前の中国大陸や戦後京都でのアナウンサー生活後、1954年にニッポン放送アナウンサーに。
1967年10月2日にスタートした「オールナイトニッポン」で、その第一声を発する。
「50時間マラソンDJ」や「ヨーロッパの海賊放送船から日本のロックも流す」など様々な伝説を残し、
日本のディスクジョッキーの第一人者に。
1984年12月28日、63歳で死去。

『モーツァルトに包まれた朝』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

同級生のN君は高校の頃、音楽大学に行くか、医学部に行くか迷って、
結果今は「ピアノをこよなく愛する医者」になっています。

ちなみに昨夜は彼の息子(こっちはそのままバイオリニストになっている)との合奏を聴かせてくれました。

深夜、そのN君からのメールが届いていたのを朝になって知りました。

「・・録画していた赤シャツの逆襲を観ています。
細かな歴史認識を交えて、人の心に対するきめ細やかな気配り、そしてウイットに富み、素晴らしい!!
続けて最後まで見ます。」

数分後・・

「ブラヴォー!! 最後は、大爆笑! 貴方の夏目漱石に対する姿勢を、意識を強く感じました。
それは私がモーツァルトに対する姿勢とよく似ているのです・・」

小学校の音楽室に飾られていた肖像画とごく有名な曲しか僕はモーツァルトを知りません(笑)


                          (著作権フリー画像)

で、今朝。

ありがとうとメール返信をした後、スマート・スピーカーに向かってこう叫びました。

” OK グーグル。モーツァルトの曲を流してください。”

『君の名は?!』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

今日のランチのお相手は・・

ウチのトップの若い時からの知り合い。

僕の母と同じ村のご出身。

ついでに言うと小学校は僕の先輩。

君の名は?!

伊予市議会のベテラン議員 水田恒二さん。

ピンとこない方に・・

駐車場であったウチの社員ちゃんには、こう紹介しました。

この人が、M1で素晴らしかった漫才師・和牛のお父さんやで。

一同。「オーオ!!」・・・と大歓声(笑)

※和牛(吉本興業所属) 水田信二さん(愛媛県伊予市出身)、川西賢志郎さん(大阪府東大阪市出身)
 「2014年 第44回NHK上方漫才コンテスト」優勝、「M-1グランプリ2016、2017」準優勝