『HELP・・・40歳の記憶』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

南宇和高校サッカー部の大木、友近のツートップが最後の大会を終えた平成6年シーズン辺りで高校サッカー中継を卒業しました。

「彼らと一緒に卒業します」とか言って。

その4月に報道情報センター所属になり、テレビの仕事が始まりましたが、ラジオの深夜放送は続けていました(笑)←ワガママな社員です。

が、40歳から45歳までの5年間は「高校サッカーロス」で生き甲斐を失ったこともあり(なら、「辞めます」なんて言わなきゃいいのに)精神的咆哮を続けていました。

ビートルズの「HELP」状態でした。

45歳でラジオ部門に異動になり、再びやる気が起きました。だから、人事異動って大事なんだよな・・・と、その最終責任者になってからつくづく思います。
(だから一緒懸命、その人の為を思って考える訳です)

昨夜の忘年会でご一緒したAさんが、ビートルズの「HELP」トレーナーを着ていたので、そんな事を思い出しながら酔っぱらいました。