『65年目のラプソディー』

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By田中和彦

実家を改築するときに、これは捨てられないからもらって欲しいと老母に言われて、
仕方なく車のトランクに放り込んだままだった和服。

「田中のお母さんが(僕の祖母のこと)、お父さんが(僕の父のこと)結婚する時に作って持たせた和服なんよ」と。

金持ちの家だったから物はいいかもね・・と冗談を言って、とりあえず持ち帰っていました。

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老母の実家は昭和初期の家庭がほとんどそうであったように貧しくて、
「一枚の天プラを兄弟で6つに分けて食べていた」と老母が言ったら、
「うちは一人6枚ずつ食べていた」と父親がからかい、よく喧嘩になっていました(笑)

家庭内だから許される話です。が、実際は田中の家は、戦後の農地解放で一気に没落しています。

で、最後は
「うちは貧しかったけどみんな仲が良くて、人柄もいい。ね、和彦。おいちゃんやおばちゃんを見てそう思うでしょ」
と振られるパターンで終わりました。

(そういえば、人を見てしまう僕は母親方の親戚としか付き合っていません)

で、冒頭の「金持ちの家だから・・」になったわけです。

今朝。燃えるゴミの日だから出しちゃおうとして、着てみたらなんかすっきりハマったものだから、
「道後温泉本館」用に使おうと捨てるのをやめました。

両親が結婚した頃だから65年ほど前。田中のばあちゃんの愛情を受け継ぐ形で使うことにしました。

最近「あら、社長さん。こんばんわ」と声をかけてくれる道後温泉本館の入場口のおばさんに褒められるかもしれません。

『イエローサブマリンみたい・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

りりイが亡くなった朝。早い時間に知り合いから連絡をもらったので、
現場の部長さんに「りりィが亡くなったみたい。ラジオですぐに対応して・・」と。

「どこからの情報ですか?」
ネットとかじゃない。信頼している筋だ。大丈夫だ。
「ウラを取るまで待ってください」
・・・・。

さすが元・報道部。軽々に乗ってこない。

映画『クライマーズ・ハイ』の中の名言を思い出します。
情報の裏が取れなかったので主人公の新聞記者が“とくダネ”を見送ることになるシーン。
「俺たちの仕事はチェック、ダブルチェックだ」

誤報を打ったら新聞が死ぬんだという記者魂の一言。(思い出しても泣けてきます・・業界は違うけど)

「・・・なんとからしい」程度の情報が平気で世界を駆けめぐるネット時代。
それを発信、拡散するシステムの進化。

うちの報道は大丈夫だな、と違った意味で感心させられました。

   ※     ※     ※     ※

ところで今日は、黄色のワイシャツと同色のネクタイで出社しました。
ワースト・ドレッサーがよくやる危険な取り合わせです(笑)。

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「イエロー・サブマリンみたい」
「ゲッツ! ・・の人みたい」

評価は・・・案の定よくない(笑) 

ここは・・・

チエック柄、ダブル・チェック柄にすべきだったかしらん。

※りりィ シンガーソングライター・女優。『私は泣いています』(1974年)がヒット。今月11日死去。

※映画『クライマーズ・ハイ」(2008年)横山秀夫原作。日航機墜落事故を題材に、地方新聞社記者の奮闘を描く。
 

『バカなやつが愛される方程式』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

三日も出張していると溜まったメールチェックとハンコもんとお手紙の返事で午前中が終わりそうです。

会社のエレベーターに貼ってあったミニポスター。
思わず微笑みます。

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若い頃。「あれがしたい、これがしたい」と叫んだところで誰の応援もなく、
結果ラジオの世界に篭って独りでバカ企画をこなしていました。

江刺くん。幸せだね。こんなポスターを作ってくれる仲間がいて。
江刺くん。君が羨ましいよ。バカなやつが愛される方程式を解いた事が…(笑)。
みんな…お前が好きなんだね。

その前に明日は高校サッカーの決勝戦。大一番。
僕もスタジアムに行きますね。

第95回全国高校サッカー選手権大会 愛媛県大会決勝「松山工業vs松山北」
11月12日(土)12:55~14:55 テレビ生中継
解説:三浦淳寛(元日本代表MF) 実況:江刺伯洋

全国地域サッカーチャンピオンシップ「FC今治vsヴィアテイン三重」
11月13日(日)13:20~16:00 ラジオ生中継
解説:赤井秀一(元FC今治、現愛媛FCレディースヘッドコーチ) 実況:江刺伯洋

『君たちの勲章』

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By田中和彦

東京高輪・桂坂の風は11月の冷たい風でした。

が、民放の制作者達が目指す放送オリンピックの頂点を決めるこの日は…熱いです。

日本民間放送連盟賞。

第64回民間放送全国大会が始まります。

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開会前に記念撮影を。

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ラジオ『赤シャツの逆襲 2』の小倉部長。

テレビ『書道パフォーマンス甲子園』の松下部長。

おめでとう。

君たちの勲章と一緒に喜びを分かちます。

『粋な笑顔。そして、室町時代』

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By田中和彦

能楽師”人間国宝”の梅若玄祥さんが会社に寄ってくださいましのでトップとお会いいたしました。

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僕の隣に立っているのは茶人・木村宗慎さん。

木村くんは高校の後輩ですが、彼の大胆で広範な人的ネットワークがあったからこそ”人間国宝”を今回、宇和島まで引っ張ってこれたみたいです。

よく、声をかけれたねえ。

「ま、お茶も、お能も室町時代からの流れですから・・」

・・・ですけどね(笑)。

僕ら素人は”人間国宝”と聴くと、頑固一徹の宮大工の棟梁のイメージがどうしてもあるんです。

ところがこの包み込むような玄祥さんの笑顔。

梅若玄祥さんが大昔にロマンチックな恋をして、今に至られていることも知っています。

そんなものをすべて含めて、その人柄や人生の全てが人を惹きつけるような微笑みになっているような気がします。

所作も眼差しも言葉遣いも・・・すべて「粋」なのです。

見習いたいです。憧れます。

お茶も、書道も、踊りも、謡も、なんなら着付けも、・・・・なんにもできない僕だけれど。

梅若玄祥(うめわかげんしょう)さん 1948年2月16日生まれ、68歳
観世流シテ方能楽師。現代を代表するシテ方の一人として知られ、数多くの賞を受賞。
宇和島藩伊達家ゆかりの民謡「宇和島さんさ」を後世に残すため、統一した振り付けを考案。