柔道からはじまる”ユニバーサル”な可能性

オピニオン室

「やめてしまったあの子を思い出すことはありませんか。
もっと違う指導をしていたらあの子は柔道を続けることができたのではないかと」-。

「発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法」(発行:NPO法人judo3.0)

このたび発刊された「発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法」(発行:NPO法人judo3.0)のはじめの一文です。

Judo3.0は、障害あるなし老若男女問わず、あらゆる人が柔道に触れることができる環境づくりを目的としています。
四国中央市で、発達障害のある子もない子も共に柔道ができる環境を目指して活動する少年柔道クラブ「ユニバーサル柔道アカデミー」を主宰する長野敏秀さんや、島根県の大学教員でもある少年柔道クラブ指導者、放課後デイサービスを運営する柔道整復師、また宮城県で発達障害という社会課題を柔道を通じて解決しようというNPO法人を立ち上げた元弁護士など、「柔道」「発達障害児支援」をキーワードに各地で活動する人たちがつながり、全国でワークショップなどを開いています。

(通称”ゆにじゅ~”で指導中の長野敏秀さん)

「“強い選手を育てる”ことで指導者が高い評価をうけることは多い。しかし、子どもたちを楽しませて“辞めずに”柔道を続けさせることも、すばらしい指導力のひとつだと思う。自分自身、子どもが辞めていってしまうということを経験して、力の足りなさを感じたことがひとつのきっかけでした。もっともっと自分が成長したい、この思いを忘れてはいけないと」―。
執筆者の一人、ユニバーサル柔道アカデミー代表の長野敏秀さんは、はじめの1文に込めた思いを語ります。

(松山大学時代に中四国優勝)

中四国大学選手権優勝などの経歴を持つ、強い選手でもあった長野さんは、“強い選手”を育てる指導者になりましたが、あるときから「勝つことをいったんやめる」指導に、かじを切りました。(2019年10月2日記事”ユニバーサルな柔道”

一般的に、発達が気になる子は、柔道やスポーツをはじめても「言うことを聞かない」「集団行動ができない」と受け取られたり、親も「ほかの子に迷惑をかけるから」と消極的な場合が多く、子どもの自己肯定感が低くなってしまいがちだと言われます。

(本から抜粋※本文とは関係ありません)

長野さんは柔道の可能性として、
「柔道は組み合って行えるので、子どもたちの力量を肌で感じやすい。(自己肯定感をなくしがちな子どもに)達成感を与えてあげることもできる。たとえば、(指導者が)とんであげることで、子どもは“投げることができた”と、小さな自己肯定感を積み重ねることができるんです」といいます。

発達障害について書かれた本はたくさんありますが、この本には、指導者たちが抱える悩みやつまづきに対して、丁寧に焦点をあてています。

たとえば冒頭の「発達障害の種類と診断」という項目では、
“自分の興味のあることについて一方的にしゃべり続ける(会話のキャッチボールが続かない)”
“「静かに!」と指示をして「わかりました」と答えた2秒後にしゃべっている”
“先生からプリントを受け取った直後、プリントに何が書いてあるかを友達に聞いている”
など、柔道場でみかける具体的な臨床例と、その行動の理由、どう対応すればいいか、など現場の指導者が困ったときすぐに使える参考書のような内容が詰まっています。

 

Judo3.0の取り組みを支持する人たちが全国から集まり、先日、出版記念Webパーティーが開かれました。
北海道から鹿児島まで31人の参加、柔道の指導者や発達支援にかかわる人、教員、ボランティアなどさまざまです。NPO法人代表の酒井重義さんのコーディネートでそれぞれの立場からの、本に対する思いが語られました。

ある参加者は「発達障害について、子どもに伝えるヒントをもらえた。目が悪い子どもは眼鏡をかけるように、コミュニケーションが苦手な子には、このようにしてあげるといいんだよねと、子どもに伝えながら読んでいった」と語っていました。

障害のあるなしにかかわらずみんなが柔道を楽しめる環境を四国中央市から全国に発信している、ユニバーサル柔道アカデミーの長野敏秀さん。
このほど、愛媛県柔道協会の理事長に就任しました。“強い柔道選手”を育てるリーダーとしての役割と、“勝つことを一旦やめる”ユニバーサルな柔道の発信者として、正反対にみえる側面をもつことになります。

(愛媛県柔道協会の理事長に就任した長野さん)

長野さんは「柔道の教えはぶつかり合うことではなく、それをいかに上手に回避するか。ぶつかり合わなくて力をいなすようにするか、それが本来の柔道の考え方です。もちろん競技性も大事ですが、見失っている部分、足りない部分を見極めながら、柔道のすばらしさをバランスよく伝えたいと考えています」-。

数々の名選手を生み出してきた愛媛の柔道。本当の強さを知る愛媛だからこそできる、新しいカタチの柔道が発信されていくことを期待したいと思います。

長野さんへのインタビューは、7月9日(木)「ニュースな時間」16:35頃から放送します。

「発達が気になる子が輝く柔道&スポーツの指導法」(発行:NPO法人judo3.0)
※ NPO法人judo3.0
※ ユニバーサル柔道アカデミー

記者プロフィール
この記事を書いた人
永野彰子

入社32年目、下り坂をゆっくり楽しんで歩いています。
ラジオ「ニュースな時間」で出会った人たちの、こころに残ることばを中心にお伝えできればと思います。

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