松山市在住の作家、宇佐美まことさんが新作を出されました。
『羊は安らかに草を食み』(祥伝社)です。
新作ごとに《ニュースな時間》で、作品に込めた思いをお聞きしていますが、今作のテーマのひとつが、終戦直後の満州からの引き揚げです。
前回のラジオで「次作は“愚者越え”と言われるくらい、重い内容です」とおっしゃっていた宇佐美さん。日本推理作家協会賞を受賞した『愚者の毒』は、陰惨な犯罪や復讐が折り重なり、宇佐美作品でもっとも”読み手にヘビーな作品”ともいわれていますが、それを超える重量級の作品。
毎回楽しみな宇佐美さんの新作ではありましたが、今回は深呼吸をしてページを開きました。
引き揚げを体験した女性の人生をたどる旅を軸に、86年の壮絶な人生が浮かび上がります。
11歳の少女が目の当たりにした、略奪、虐殺、子捨て、集団自決…。やはり何度も本を閉じ、呼吸を整えて読まざるを得ませんでした。
「戦後75年過ぎてもう戦争体験者もどんどん減っていきますよね。私が子供の頃はまだ戦争が近かった。まわりにも戦争体験者が多く、平和な世界を続けていくためには努力がいることを何の衒いもなく親世代は語ってました。でも今は、そのことを声高に言うのを遠慮しないといけないという風潮があります。生々しく体験者から話を聞けた我々世代が伝えなければいけない、語り継ぐってきっとそういうことだと思ったんです」―。
宇佐美さんは執筆にあたって、引き揚げ者の手記やドキュメンタリーを読み、その過酷さに何度も涙したと言います。そして、小さな子供たちが命を落とし集団自決する凄惨な記録を“誰も好んでは読まない”だろう…と。
「読むと辛くなることは分かってるから、みんな避けますよね。でも、物語の中に出てくると、エピソードが鮮やかに浮かび上がってきます。そうすることで、読み手の心に響かせることができるのではないか。大げさかもしれませんが、それが物書きの使命ではないかと思うんです」-。
小説というエンタメの中にそっと忍ばせる、苦い真実。
『展望塔のラプンツェル』での児童虐待、DV、性暴力。『黒鳥の湖』では猟奇殺人、前作の『夜の声を聴く』ではひきこもりなど、宇佐美さんの作品は、現実を直視することを避けてきた私たちに“置きっぱなしの宿題”をそっと戻してくれます。
「満州に取り残された人って、きのうまでは幸せに土地を耕し子育てをして暮らしていた一般市民なんです。それが急にソ連が国境を越えて進撃してくるという場所に一瞬にして変わり、そこに取り残されたわけですよね。誰も守ってくれない状況に」-。
平穏な暮らしが一瞬にして変わってしまう。宇佐美さんはその状況が、コロナによって生活が一変してしまった現在と共通するものがあるのではないかと感じたそうです。
「震災や疫病は人間にはどうしようもないことだけど、知恵と工夫で乗り越えていける。でも戦争は人間が犯した愚かな罪。それがまだ75年前だったということを忘れてはいけないと思います。忘れずに何べんも振り返らないと、またその愚かさは繰り返されると思うんですよ。だから語り継ぐということの大きな意味だと思います」―。
”戦争なんて馬鹿げたこと”と、声高に叫んだりこぶしを振り上げる方法もあるかもしれませんが、小説を通して読み手である私たちが気づき、ひとことでも誰かに伝えていく、そんなゆるやかなつながりが、大きな力になっていくような気がしました。
ちなみに、引き揚げの凄惨なシーンだけではありません。老いと友情ももうひとつのテーマで、人生の終盤はどうありたいかなど考えさせられる作品です。
宇佐美まことさんへのインタビューは、2月3日(水)の《ニュースな時間》内18:30頃からです。 ※ラジコなら放送後一週間はいつでもお聞きいただけます。