宇佐美さんの新作は、カタルシス!

ニュース解説

「小説には、人の心を、社会を変えていける力があるんじゃないかと思うんですよね」―。
松山市在住の作家、宇佐美まことさんがよく口にする思いです。

前回7月のインタビューでの予告通り、宇佐美まことさん、またまた新刊を出されました。

『夜の声を聴く』(朝日文庫)814円

優秀であるがゆえに引きこもりとなった18歳の主人公。目の前で突然リストカットした女性に惹かれて、定時制高校に通うようになり、さまざまな人に出会う中で、未解決の一家殺人事件とつながってゆく…
と、ミステリーらしい序盤ですが、ここまでだと、おそらく全体の5分の1もたどりついていません。
そこからが、宇佐美さんの“読む人を驚かせたい!”仕掛けがはじまります。

「物語の色が変わるんです。最初は青春小説で軽妙に進んでいくんですが、その途中で一家殺人事件のミステリー。そこでおどろおどろしく謎解きはあるんですけど、その後は、やっぱり主人公の男の子の成長と再生の物語。色々楽しんでいただけるかなと思って」-。

大人が主人公になることが多い宇佐美作品ですが、今回の主役は学生です。学校生活を描きながら、宇佐美さんは「学校って不思議なところだった」と感じたといいます。

「同年代の子が揃って毎日おんなじところに通うわけでしょ。そのときは不思議とも思わないけど、毎日授業を受けて友達と楽しくして、最後にじゃあまた明日ねって別れるんですよ。明日が来ると信じて、じゃあ明日ねって。その明日が来るとは誰も保証できないわけですよね。今、この不安定な世の中にいると、あの純粋な子どもたちは絶対明日が来ると信じていた。その3年間があるってすごく大事だと思うんですよ」―。

それから私たちは、東日本大震災、コロナ禍を経験し、あたりまえに明日が来ないことを知りました。宇佐美さんは、その〝軽くて夢見がちだった3年間“を思い出すだけでも、気持ちが前向きになるのではないかと話します。

〈宇佐美まことさん〉

この作品の中に込められた、2つめの“思い”は…

~そこに君がいたからだよ~

社会に溶け込めずひきこもりになった主人公が、さまざまな問題や事件にぶつかり、物事が動き始めます。登場人物の一人である物理学者が、主人公にかけた言葉です。

「存在価値を見失ってるわけですよ、皆さん。自分では取るに足りないと思っているかもしれないけど、その人がいなかったら全然違うんです。今、こうこういう不安定な世の中だから自ずから命を絶ってしまう人もいるんだけど、いなくてもいいんじゃなくて、いなくっちゃいけないって、考えてもらいたいんです」―。

自分には価値がない、生きている実感がわかない、そんな思いを抱えがちないま、宇佐美さんが提言するのは「巻き込まれちゃっていいんじゃない?」。
自発的に何かを成し遂げなくても主体性がなくても、ちょっと”巻き込まれて”みる。そうすると何かにぶつかって何か得るものがあって何か考えてみる。偶発的に出会うものがあるはず、と言います。

過去を振り返ることができるのは、いまちゃんと生き抜いてきた自分がいるから。今生きている自分をねぎらってあげたい、そんな気持ちになる作品です。
宇佐美さんの作品の中でいちばん好きかもしれません!と、失礼ながらも宇佐美さんに伝えると、「そういう人多いんです」と笑います。

心が浄化されるような読後感でしたが、すでに次の作品は編集者の手に渡っているそう。
「次はね、“愚者越え”なんですよ」と、宇佐美さん。悲惨な情景を描いた『愚者の毒』(第70回日本推理作家協会賞受賞作品)のさらに上をいくキツさだそうで、「“夜の声を聴く”でほっとしていただいたみなさんに、今度は地獄が訪れます…」といたずらっぽく笑います。

年明けに出版される作品の前に、ぜひこの『夜の声を聴く』で心を整えましょう。

宇佐美まことさんへのインタビューは10月14日(水)の〈ニュースな時間〉午後6時25分頃から。
ラジコのタイムフリー機能なら、放送後1週間はお楽しみいただけます。

記者プロフィール
この記事を書いた人
永野彰子

入社32年目、下り坂をゆっくり楽しんで歩いています。
ラジオ「ニュースな時間」で出会った人たちの、こころに残ることばを中心にお伝えできればと思います。

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