愛媛で製造される「消毒用アルコール」

ニュース解説

「最初にHPで募集した時はびっくりしました。県外の、感染者受け入れホテルからの電話に、感染者を荼毘した葬儀屋。感染者を運ぶバス会社にパチンコ店。うちのホームページにたどりつく方はとてもコアなんです。こんな需要があったんかと…」

松山市のアルコール製造・販売会社、西日本薬業(株)の高市雅夫社長は、驚きを隠しません。

西日本薬業は、度数90度以上の工業用アルコールの販売や、60~70度に調整した消毒用アルコールの製造をしています。

 

アルコール製品はまず、宝酒造、合同酒精、メルシャン、協和発酵、日本アルコール産業(旧専売会社)といった大手アルコール会社が、サトウキビなどを原料にした度数90度以上の原料アルコールを作ります。
西日本薬業は、それを仕入れて、用途に応じての小分けや、加工し除菌用の商品などを製造しています。

「いま国をあげて莫大な量の原料アルコールを作っていますが、全国的に足りてないんですよ。まだ医療用は優先的に供給されますが、飲食店、老人ホーム、商業施設、宿泊施設は自分たちで確保しなければならない。みなさん困って、全国からうちのHPにたどりついているんです」―。

西日本薬業にとっての商売相手は“事業所”。いわゆるBtoBの会社なので、一般消費者にはほとんど接点はありません。
ところが、最近、西日本薬業の広告を見かけるようになりました。

一般の消費者が直接買えるわけではないのになぜ広告を?と高市社長に問うと、
「問い合わせはほとんどが県外から。みなさん、地元にアルコールの会社があることを知らないのでは。困っている地元の事業者さんに、うちなら地下タンクにまだたくさんあるから、なんとかできます、ということを伝えたかったんですよ」と、人懐っこい笑顔で答えます。

高市さんはいま、地元企業としてできる限りの協力をしたいと、福祉施設や旅館組合などに積極的にアルコール製品の寄贈をしています。

地方企業でアルコール製造をしているのはウチくらいではないか、と語る高市さん。愛媛で成り立つ理由のひとつに、全国の中でも突出して多いアルコール消費量にあるといいます。
ウェットティッシュの工場に液体調味料の工場と、大量消費の集積地でもあります。

創業30年となる西日本薬業は、現在、愛媛を拠点に、近畿、中四国、九州にも顧客を抱えています。

(”営業の斬り込み隊長です”と笑う高市社長)

柔和な表情の高市社長ですが、その経歴は“闘い”の連続でした。

30年前、勤めていた薬品関係の会社を、社内のごたごたから“追われるように”退社。ほどなく薬の卸売りをメインにした西日本薬業を起業。ところが元の会社から、取引の圧力を受け、商品が入らず2年で2000万円の借金を抱えてしまいます。

医薬品が入手できず、たどりついたのがエチルアルコールでした。
当時、アルコールは国の専売事業でした。高松の通産局に出向き、販売許可が欲しいと伝えるも、既得権の壁なのか、なかなか認められません。5回目に訪問した時、あるヒントがもらえたそうです。「お宅からアルコールを買いたいという企業があれば、許可が出せるかもしれない」と。

愛媛の地図を片手に、海岸線沿いの水産関係の事業所を片っ端から訪問したところ、ある事業所が、“西日本薬業からの”購入を引き受けてくれることになり、晴れて、国のアルコール販売許可業者となりました。

18リットル入りのアルコール缶を、国の専売事業から仕入れてそのまま納品し8%の手数料収入。安定した商売で10年、膨らんでいた3000万円の借金を返し終えたころ、今度はアルコール専売事業に、民営化の波がやってきます。

大手販社が参入すれば、うちのような零細企業は淘汰されると、当初は悲観的に捉えていましたが、これまでの決まった製品の「卸売り」から、製品を自由に小分けできる「製造業」になれることに着目。
「お客さん持っとるうちに設備投資したら、さきにやったもんの勝ちやな」と思い直します。

融資をしてくれる銀行もあり、商店から製造業へと進化し事業を始めます。

ところが今度は、民営化された大手販売会社との価格競争が勃発します。

「翌月には愛媛のお客さんに白紙の見積もりばらまかれたんですよ。小さな会社のくせに何しとるんじゃ、見るもの見せたれ、と。愛媛じゅうやられて。あの時は一番しんどかったですね」―。

あっという間に愛媛でのアルコール価格は底値に。高市さんは生き残るために、販売先を中四国に広げると同時に、仕入れメーカーとの価格交渉にも力を入れます。
仕入れ価格ではどうしても大手に負けてしまう。そこで経費削減に着手します。外注していた使用後のドラム缶の洗浄を自分たちで行い、商品の運送も自分たちで。

「その時にはもう日本で一番、四国のアルコールが安いといわれるくらい、全国で有名になって。大手とうちが価格競争したら地元の店がもうついてこれんなるわけです。もうそろそろやめませんかと。利益が出んことやってもお互いしゃあないでと」―。

大手販社が仕掛けてきた競争価格でも、黒字化できるように、ぎりぎりのコストカットをしたことが、結果的に、圏内での差別化を促し、西日本薬業がその後も生き残るための強みとなっていました。

(ドラム缶の洗浄も自社で)

やがて大手販社は、タンクローリーで納入するような大企業を相手に。西日本薬業は、18リットル缶1つからでも小回りを利かせる企業とも取引するなど、おのずと「すみ分け」されるようになったそうです。

「アルコール業界って本当は人知れずの業界なんですよ。アルコール業界が目立つ時っていうのは国難の時、公衆衛生が壊れたとき。前は東日本震災の時でした。本当は目立っちゃいけない業界なんです。」

(製造したそばから出荷するため、在庫が限られる)

作っても作っても“足りない”現状に無力感を感じながらも、必要とするところには、全力で届けると話す高市さん。
「地元にアルコールの会社があることを伝えたい。困っていたら、うちから直接もっていきますから」と、この30年で培った原料入手の手堅さに自信をみせます。

いまやアルコール業界で一目置かれる存在である西日本薬業の高市雅夫社長。
降りかかる困難に、視点を変え知恵を絞ることで乗り越えてきた愛媛の小さな巨人の経営戦略は、8月16日(日)23日(日)の午後4時から「社長のミカタ」で紹介します。

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この記事を書いた人
永野彰子

入社32年目、下り坂をゆっくり楽しんで歩いています。
ラジオ「ニュースな時間」で出会った人たちの、こころに残ることばを中心にお伝えできればと思います。

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