ホテル業の「境界」が溶ける・・・コロナ”後”

オピニオン室

松野町の観光行政の顔「森の国のホテル」が、経営不振や西日本豪雨災害を理由に閉鎖されて2年。

「森の国ホテル」(写真/上)と、隣接する「森の国ロッジ」(写真/下)を松野町から”買い取った”会社があります。

広島県に本社を置くホテル運営会社、株式会社サン・クレアです。

社長の細羽雅之さん(46)は父親から引き継いだ、多額の負債を抱えた2つのホテルを15年間かけて再生させ、現在「森の国」も含め、愛媛、広島、岡山で合わせて5軒のホテルを運営しています。

「森の国」はこれまで長く、『指定管理者制度』という一定の”収入”が保証され、経営リスクは低いものの、”成長”(収入増)はほぼ見込めず、町の関与度の高い事業形態で運営されてきました。

結果は何をやっても、どこが引き受けてもうまくいかず、事実上、町の”お荷物資産”になっていました。

ホテルのすぐそばには国立公園・滑床渓谷という超一級の自然資源、さらには美しく、豊かな環境が育む多様な食材に恵まれている・・・にもかかわらず、です。

細羽社長の経営が過去と決定的に異なるのは「森の国」の2棟の建物を買い取り、オーナーシップを持って経営にあたる点です。(土地は国有地なので賃貸)

これまでの指定管理者制度ではオーナー、つまり資産(建物)の所有者は松野町(厳密にいうと町民)でした。指定管理者(運営会社)は議会で承認された指定管理料(収入)の範囲内で、基本、コストをコントロールして利益を上げます。

細羽社長はこうした縛りから解放され、設備投資、新規事業開発などに自由に取り組めます。

一方、あらゆるリスクも引き受けます。今回のようにコロナ危機で収入が激減すれば、その損失も全て引き受けます。

松野町の観光行政は偶然とはいえ、コロナ危機を機に歴史的転換点を迎えました。

仮にもし成功すれば、過去14年間に及ぶ指定管理者制度は、大きな目的の一つ、”民活”を十分に引き出すことの出来ない制度だったと捉えることもできます。

もちろん地域には特有の歴史的背景や事情があり、施設の性格も様々ですから、今回の結果を全ての指定管理者制度に当てはめるのは乱暴です。

しかし、アフターコロナの社会が大きく変容するのは間違いなく、この時期に、過去と根本的に異なる挑戦に踏み出した「森の国」から、一つの例、参考として学ぶことには大きな意義がありそうです。

◆地元雇用は絶対的に”良い”か?

細羽社長が買い取った「森の国ホテル」と「森の国ロッジ」のうち現在、再オープンしているのは部屋数10と比較的、小ぶりな旧「森の国ロッジ」、現在の『四万十源流、森の国 水際のロッジ』のみです。

メイン施設の旧「森の国ホテル」の再オープンは約1年後をめどに検討中です。理由は後述します。

『水際のロッジ』は主なターゲットを家族連れとし、全ての部屋に2段ベットを備えてリノベーションしました。

従業員15人はネットで公募しました。滑床渓谷というかけがえのない自然を最大の資源と位置付け、新たに創造するホテルの理念に賛同する熱意を、全国から募ったのです。

結果、県外のホテル・接客業のプロフェッショナルがほとんどとなり、地元雇用は数人といいます。

◆ホテルの”輪郭”を崩し、ホテルと地域の”境界”をなくす

「松野町、特にホテルが位置するエリアは超限界集落。ホテルを利用していかにこのエリアの再生を図るかが理念」(細羽社長)。

つまりホテル経営は手段であって、目的ではありません。株式会社ですから利益は目的ですが、利益は地域に眠っている資源を、都会に発信することで上げようと考えています。

例えば、ダイニングはイタリアンで、取材した日のランチには地元食材がふんだんに使われています。

一品目の野菜は自家農園の朝採れナス。ピザには自生のバジルや、地元農家のトマトが使われます。パスタはミートスパゲティ風ですが、ミートの部分に地元産のシカ肉が使われています。

こうした食材や料理をオンラインで販売したり、都会のレストランに直接、紹介し、卸したりすれば、これまでのホテル業というくくりでは捉えられない新しい事業が生まれます。

従来のホテル業という輪郭を崩し、地域の資源を”拝借”することで、事業の幅を大きくする戦略です。

松野町の自然や文化、歴史という資源は、一旦、松野町から離れた瞬間に”商品”になる・・・その価値に気付いたということです。

◆アフターコロナにどう変容するか・・・”プチ移住”

コロナ危機は「森の国」にとっても予期せぬ危機であり、『水際のロッジ』も今年3月20日にオープンしたものの、4月7日から6月1日までのほぼ2か月間、休業を余儀なくされました。

幸いだったのは、もう一方の旧「森の国ホテル」は、「あまりにも素晴らしいホテル。オープンを急ぐ必要はない。じっくりコンセプトを練り、細部にこだわりたい」(細羽社長)という理由で、もともと来年秋ごろのオープンを想定していました。

そしてコロナ危機。

「もともとやりたいことがあったが、コロナ危機でドラスティックに背中を押された」(細羽社長)。

細羽社長が構想しているのが”プチ移住”の場としての「森の国ホテル」。

「これまで移住には一大決心がいったが、もっとライトな感覚で移住できないか?そう考えた時、アフターコロナでリモートワークが当たり前になる中、例えば一か月程度、”お試し”移住が出来るホテルがあってもいい」(細羽社長)。

「森の国」運営の理念が”超限界集落の再生”にあるなら、自然豊かな松野町でリモートワークを中心とした生活を体験してもらい、場合によっては移住してもらう。

アフターコロナの社会だからこそ可能な”生き方”の提案です。

◆取材を終えて・・・

町によると『指定管理者制度』を廃止し、資産を民間に払い下げた理由は「町長がもうこの時代、指定管理者制度では、うまくいかないと決断したから」といいます。

オーナーシップを取り入れることで、より自由に運営(経営)に取り組むことが可能になったのは事実でしょうし、その自由から、コロナ危機にも柔軟で、機敏な対応が生まれようとしています。

私の最も印象に残ったのは、「会社という仕組みもアフターコロナには変わらざるを得ない。会社の境界も溶ける」(細羽社長)という言葉です。

会社で働く人材も、会社という境界に囚われずに、オーナーシップを持って、より自由に働く社会が生まれようとしています。

アフターコロナへ向けての変革が、県内でもじわじわと広がっています。

記者プロフィール
この記事を書いた人
三谷隆司

今治市出身(57) 1988年南海放送入社後、新居浜支局、県政担当記者を経て現在、執行役員報道局長・解説委員長。釣りとJAZZ、「資本論」(マルクス)や「21世紀の資本」(ピケティ)など資本主義研究が趣味。

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