「愛媛の安藤百福」伝

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「愛媛の安藤百福ともいえる、偉大なカリスマ事業家だと思うのです」-。

天然調味料製造で全国有数の規模を誇る大洲市の仙味エキス(株)の創業者、筬島一治(おさじま かずはる)氏の評伝が、このほど、松山在住の作家で、いよぎん地域経済研究センター研究員の岡山典弘さんによってまとめられました。


『天然調味料の先駆者 筬島一治評伝』(いよぎん地域経済研究センター 著)

仙味エキスは、肉、魚介、野菜など300種類以上のエキス調味料やトクホ食品の素材などを作っています。例えば、カニかまぼこの風味と食感は、シェア9割を占める仙味エキスの天然調味料によるもの。最終商品として店頭に並ぶことがないので「その実力ほどには名が知られていない」会社ですが、スナック菓子や冷凍食品、レトルト食品など、みなさんはほぼ毎日、仙味エキスの味を口にしてます、と岡山さんは言います。

昭和2年、下関市で筬島家10人中7番目の子どもとして生まれた一治氏は、15歳で海軍兵学校と陸軍士官学校に合格するという非常に優秀な少年でした。終戦を迎え、東京大学進学を希望するも、家計の事情から地元の九州大学に進学します。
戦中戦後の食糧難と飢餓の体験から、大量にとれるイワシを原料にした「栄養剤」を作れないかと研究を始めます。失敗を繰り返しようやく製品化できた時には、すでに世は飽食の時代。そこで逆転の発想で、いわしの栄養剤から「うまみ」を取り出したエキス調味料製造へと転換します。

執筆者の岡山さんは、チキンラーメンを開発した安藤百福氏と、筬島一治氏の共通点を示します。
戦後の飢餓状態を見て、世の中の人々の幸せの為に「食」が必要と考えたこと。
自宅の物置小屋で、市販の鍋やしゃもじを使って研究を重ねたこと。
百福氏がチキンラーメンの開発に成功、一治氏がいわしエキスの工業化に成功したのが、ともに48歳の時。

そして2人に共通するのは「命を懸けてやっていくという執念」だと、岡山さんは語ります。

「天然調味料の先駆者 筬島一治評伝」の魅力は、企業が刊行する創業者評伝にありがちな「偉業と美談」のみが並ぶ記録ではなく、ありのままの“人間くささ”が描かれている点です。

恋する女学生を想い、眠れぬ夜を過ごす一治青年の姿や、その激しい気性から、就職しても長続きせず、10数社も転職し一家が困窮したこと、現社長との親子の激論の後に「息子の給料を一方的に3割カット」したエピソードなど、破天荒でも愛すべき人物像が浮かびます。

ところで、執筆者の岡山典弘さんは、「三島由紀夫外伝」「三島由紀夫の源流」「三島由紀夫が愛した美女たち」などの著書をもつ、三島由紀夫の研究者として国内屈指の存在でもあります。

県職員を退職後、全国や地方誌などでの執筆活動に加え、いよぎん地域経済研究センターで主席研究員として業務にあたっています。
このたびの評伝は、いよぎん地域経済研究センター研究員としての執筆です。

岡山さんの著書の特徴は、圧倒的な資料数と調査にかける手間です。
筬島氏の評伝は、約1年かけて、主な土地、出生地、卒業した学校を取材。1000冊を超える資料は、IRCや、松山大・愛媛大、県や市の図書館、また国会図書館に数日籠って探したそうです。

ほかに松山大学で文学の講義もしている岡山さん、1年に1000~2000冊は本を読むため、睡眠時間は以前より増えたと言っても、1日4~5時間。

(岡山さんが手がける、エッセイ、コラム、評論など)

「時間を確保するためには睡眠時間を削るしかないんです。365日休みはありません。常に本を読んでいるか、参考になる映像を見ているか、あとは執筆しています。人生の持ち時間が少ないですから、持ち時間の少ないうちにこれから十数冊書き上げたいと思いますのでのんびりやっていたのではできません」-。

三島文学に魅せられ、人生の夢として「三島作品についての執筆」を思い描いた松山南高時代。定年退職後、ようやくすべてを投入できる幸せを感じている岡山さん、すでに次の作品(評伝)に取りかかっているそうです。

愛媛のシンクタンクがもつデータベースに、文学研究の第一人者による筆力が加わる、とても贅沢な書籍ですが、ただただ残念なことは、この評伝は仙味エキスさんが周年記念として刊行したもので、一般の書店には並ばないということ。
今後、公共の図書館等に寄付はするそうですが、幸運にも出会えたら、ぜひお読みください。

岡山典弘さんに、筬島一治氏の魅力について伺うインタビューは、6月11日(木)の「ニュースな時間」16:35頃から放送します。

記者プロフィール
この記事を書いた人
永野彰子

入社32年目、下り坂をゆっくり楽しんで歩いています。
ラジオ「ニュースな時間」で出会った人たちの、こころに残ることばを中心にお伝えできればと思います。

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