「人生を遍路とすると、42歳という年齢は、第1番の霊山寺に立っているのと同じではないか」―。
人の心の闇を、完膚なきまで浮き彫りにする、松山市在住の作家、宇佐美まことさんが、このほど新刊を出されました。
活字離れが加速度的にすすみ、出版社も、「確実に売れる本」でないとなかなか出版しないといわれる中、去年2月の「熟れた月」(光文社)、7月に「骨を弔う」(小学館)、10月には松山城が舞台となった「少女たちは夜歩く」(実業之日本社)、12月に「聖者が街にやってきた」(幻冬舎)と、宇佐美まことブームか?と思えるくらい、錚々たる出版社名が並びますが、今年3月角川春樹事務所からでたのは…
タイトルが真っ先に浮かび、そのイメージからストーリーを編み出していったという「いきぢごく」です。
テーマは四国遍路。
戦前の、業を背負いながら歩く女遍路の日記と、現代のキャリアウーマン、不倫、愛欲と死…人の情念を描ききる宇佐美さんならでは世界が広がります。
私にとっての宇佐美作品は、高カロリーと知りながらもつい食べ過ぎてしまう「悪魔のおにぎり」のよう。就寝前に、数日かけて読むつもりが、ついつい惹き込まれて一気に朝方まで読んでしまいました。
今回の作品も、去年出した「骨を弔う」も、主人公は41~2歳の女性です。
宇佐美さんは、この年齢について、
「ふと足を止めて、これまでのことを振り返るし、やり直しも利くとき。特に女性にとっては、ばりばり仕事をしている人も多いし、結婚もするかしないか、子供を産むか生まないか、産めるか産めなくなるのか。大きなターニングポイント。」
だと言います。
分別もあって、それなりの社会的地位もあるので無茶はできないけど、まだ女性として、愛欲に生きる自分と向き合ったときに、すべてをすてて、ストレートに突っ走ってもいけるのは女性だし、そんな道を選ぶ分岐点が、42歳、なのではないか。
人生を遍路とすると、42歳というのは、お遍路さんが、すべてを断ち切って1番札所の霊山寺に立ったときの気持ちと同じなのではないかと思う―。
宇佐美さんのことばは、「いい仕事をして、子供も産んで、さらに輝けよ!」と男社会から無理難題を吹っ掛けられて酸素不足になっている現代女性への、ひとつのサジェスチョンではないかと感じました。
現代社会の深部を鋭くキャッチする宇佐美さん、最近は出版社からテーマを指示されることもなく、「宇佐美さんの書きたいテーマで書いてください」と言われるそうです。
次の作品は、すでに原稿を出版社に渡しているそうで、テーマは「児童虐待」。
あの闇をどう掬い取るのか、鬼胎を抱いてしまいます。
きょう4月17日(水)と、24日(水)のラジオ番組「ニュースな時間」内で、宇佐美さんが四国遍路をテーマにした理由や、創作への思いなどを聞いています。
18:30頃からの放送です。