「マダイ養殖で大変な問題が起きている。取材したほうがいい」と愛南町関係者に知らされたのが今月中旬。
取材して、その内容に驚きました。
「中央の卸売市場に出荷できないため、生け簀に大量の養殖マダイが滞っている」(漁業関係者)。
「稚魚を生け簀に入れる時期だが、生け簀が空かないと入れられない」(漁業関係者)。
「マダイは通年出荷だが、やはり”桜ダイ”の時期が売り時。コロナ自粛が直撃した」(愛南町関係者)。
愛南町の養殖業者は37業者、養殖マダイの年間生産量は1万1,000トン。全国シェアの約2割を占めます。全国に流通する養殖マダイの5尾に1尾は愛南町産という規模を誇ります。
出荷額にして100億円弱。愛南町の年間予算は133億円ですから、町にとっていかに重要な基幹産業か分かります。
生け簀に滞っている養殖マダイ(3年魚、4年魚)は、いわば”海の在庫”。養殖マダイは市場価格のある商品ですから、在庫量(在池尾数)は今後の市場価格に大きな影響を与えます。
生け簀の養殖マダイの数量は、業者の死活に関わる”企業秘密”なのです。
関係者によると、通常はこの時期、3年魚の標準的な在庫は400万尾を下回る程度だといいますが、この数量を大きく上回り、コロナ『後』の対応を誤れば、事業継続が不可能な単価に陥る可能性があるとの声もあります。
標準を上回る(過剰)在庫は、金額にすると数十億円規模といいます。
単価(浜値)は、すでに採算ラインといわれるキロ730円を大きく割り込んでいます。
スーパーなど量販店向けの出荷は動いていて、「在庫が片付いた養殖業者もいる」(漁協関係者)といいますが、在庫を抱えているという弱みに付け込んで、とんでもない低価格で買い取りを提案するバイヤーもいるという話を、取材の中で聞きました。
「なんとしても、地元養殖業を守らないといけない」(愛南町関係者)。
愛南町と漁協は協力し、極端な価格下落を防ごうと、様々な販売対策を打ち始めています。
「一度、価格を下げたら、元に戻すには相当に長い時間がかかる」。
コロナ被害の大きな問題の1つ、養殖マダイの”海の在庫”問題と、価格を守ろうと取り組む地元の”販売対策”、そして、コロナ『後』の養殖業の姿を追います。
◆口が重い養殖業者。”海の在庫”には管理コストも
養殖業者は取材に対して口が重いのが現状です。
愛南町でマダイ養殖を行う宝水産代表の朝倉典之さんから、あくまで自社の例として話を聞きました。
宝水産は愛南町に36の生け簀を持つ、小~中規模の養殖業者です。
「コロナの影響で市場が動かず、出荷できなくなった。非常に厳しい」(朝倉さん)。
特に4月は2週間程度、大阪の市場への出荷が完全に停止し、現在も週2回だった出荷が、週1回に減っているといいます。4月の売り上げは例年の2割程度と話します。
しかも、「滞留すると生き物だからエサを食べる。お金は入らないけど、エサは購入しないといけない」。エサにかかるコストは、高くなる一方です。
宝水産の強みは生産(養殖)から加工、販売を一貫して手掛ける、いわゆる6次産業化(高付加価値化)にありました。
しかし、フィレや切り身など6次産業化商品の納入先である宴会やブライダル関係が、軒並み営業を自粛し、「市場へ向けての出荷より、こちらの方が厳しい」と話します。
◆コロナを試練に、個人の新規顧客開拓
一方、朝倉さんは「これまでB to B(企業向け販売)が多過ぎた。4月末からB to C(個人向けネット販売)に力を入れ、わずかな期間で新規顧客を500件も獲得したのは想像以上。今後は、商品のラインナップ充実に努めたい」と手ごたえを感じています。
「今後、コロナ以前に戻れば、個人向けネット販売が確立した分、体力がつき、売り上げ総額は伸びる可能性がある」とコロナ『後』を見据えます。
◆生け簀が空かないと、再投資できない
出荷できない、あるいは出荷量が極端に減る影響のもう1つが、生け簀が空かないと、今の時期、将来への投資として行う、稚魚の投入が出来ないという問題があります。
愛南町の養殖業者によると、大体、2年後の出荷を見通して製造(養殖)計画を立て、キャッシュフロー(現金の出入り)計画を立てるといいます。
このサイクルが途絶えると、事業の継続が不可能になります。
仮にコロナ『後』、市場に養殖魚が大量に放出されると、値崩れを起こし、再投資の資金不足が生じる恐れも否定できないといいます。
いかに適正な価格を守りつつ、養殖マダイを出荷するか、食べてもらうかが大きな課題です。
◆「鮮魚ボックス」で「ぎょしょく」を”おうち”で!
この問題に取り組もうと、愛南漁協は町とも連携し、今月18日から養殖魚の個人向けネット通販に乗り出しました。
「これまで愛南の魚に関心を持ってくれる個人客もいたが、親切に対応したとは正直、言えない」。
これまで重視してこなかった分野です。
2キロのマダイを税込み・送料込み、3,500円で販売します。さらに、『プロが教える~真鯛のさばき方』動画をネット配信するなど、コロナ問題を機に、個人に直接、マダイを売り込み、食べてもらう「ぎょしょく」に力を入れた販売対策をスタートさせました。
取り組みがスタートしてまだ、わずかですが、「食べてもらった消費者から『とても美味しかった』とメールをたくさん頂いた。職員がそのメールを両手に持って、『こんなにお礼のメールが届きました』と喜ぶ姿が職場で見られた。世の中の変化に気づくには、消費者とのつながりが必要なんだと改めて実感した」(愛南漁協関係者)と手ごたえを感じています。
販売数量がどこまで伸びるかは、まだ分かりませんが、「ネット注文の手続きが分からないお年寄りから、電話で問い合わせがあったりもする。そういった声に親切に応え、愛南の魚を食べてもらおうとする姿勢が出てきた」とも話します。
◆「市場が全てか?」 コロナ『後』の可能性
「市場が全てでいいのか」。
愛南漁協関係者はコロナ『後』について、こう切り出しました。
「生産原価をベースに、養殖業が持続可能な利益を加えた価格を消費者と交渉し、その価値があると認めてもらえば、買ってもらう。そんな世界が来るのではないか」。
確かに、新たな取り組みの先には、そうした世界の可能性もあります。
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取材先で度々、耳にしたのは「これを機に、愛南ファンを増やしたい」という言葉です。
これまでも養殖業は、愛南町の自然と人が一体となって生きてきたし、コロナ『後』もその姿勢は変わらないでしょう。
人口2万人の小さな自治体ですが、小さな町だからこそ生まれる一体感は、こういう危機には強いなと感じました。