坂の上の雲ミュージアム散歩

ニュース解説

「坂の上の雲ミュージアム」の入り口エントランス、いま菜の花が見頃です。

松山の貴重な文化財産をもっとよく知ろうと、月1回開かれている朝の社内勉強会に「坂の上の雲ミュージアム」の松本啓治館長にお越しいただきました。

同ミュージアムは、司馬遼太郎さんの小説を活用したまちづくりを中村前市長が掲げ、2007年に開館しました。松本館長は、その構想段階からずっと関わってこられています。

司馬さんの『坂の上の雲』は、松山出身の秋山好古・真之兄弟、正岡子規の3人の青年の成長と、日露戦争から近代国家として歩みだした日本を描いています。
困難の中、夢や志をもち成長する姿は、自分の境遇と重ね合わせる現代のビジネスマンたちに根強く支持されています。

松本館長は「『坂の上の雲』は、読む人によって受け取り方が様々。私自身、大学を卒業したころと、(「坂の上の雲のまちづくりチーム」がスタートした)平成15年に読んだとき、そして今、それぞれ感動する場面が違っている。仕事で行き詰ったときなど、心を打つ場面がある。中村前市長も、そういった挫折の中で、小説のすばらしさを知り、まちづくりに使いたいと思われたのではないか」と語ります。

一方で、小説では戦争に関する場面が多いこともあり、小説とまちづくりのスタンスとして「ミュージアムは歴史認識を問うものではなく、“作品世界”を、展示という手法を使って伝える」ことが大前提だと強調します。

ミュージアムは、作品世界を展示する役割のほかに、まちづくりを支援する場、そして、情報発信の拠点としての3つの役割が求められています。
松山全体を「屋根のない博物館」として、作品にかかわりのある場所や文化などの地域の資源を回遊してもらい、その中心施設としての位置づけです。

全国には文学館が数多くありますが、年間入館者数はおよそ5万人。ここは11万人と健闘していますが8割は県外からの観光客です。
松本館長は、情報発信、交流拠点として、市民にどれだけ来館してもらうかが今後の課題だとします。

開館当初やドラマの放映時には訪れたけれど、いまは近くを通り過ぎるだけかな、という人も多いかもしれません。

館内に入ると、まず目に飛び込むのが、一面ガラスから見える緑です。
建物は世界的建築家、安藤忠雄氏のデザインです。東大阪市の「司馬遼太郎記念館」を手掛けた安藤氏に「『坂の上の雲』がイメージできるものを」と依頼したそうです。

 司馬遼太郎記念館(東大阪市)

「坂の上の雲ミュージアム」を訪ねたのはウィークデーの午後。入館者には、意外と若者の姿も。建物のあちこちをじっと眺める姿は、安藤忠雄ファンなのかもしれません。

2階では『坂の上の雲』に関する書籍やデジタル資料を自由に閲覧することができます。

こちらは『坂の上の雲』が1968年4月から1972年8月まで約4年半、1296回にわたり産経新聞夕刊に連載されたものを壁一面に配置した「新聞の壁」です。

窓辺には、執筆する正岡子規の像。

 

各階はスロープで連結された構造で、コンクリートの打ちっぱなしと、ガラスと光。安藤建築らしく、移動する楽しさが味わえる建築物です。

建築内には中間の支柱がない「空中階段」があります。


年に1度入れ替える企画展の準備のため、3階以上はクローズして部分開館となっていましたが、2月22日から、第14回企画展「『坂の上の雲』のひとびと」が開催されます。

2階のラウンジではカフェもあり、土・日・祝は『坂の上の雲』をイメージしたオリジナルスイーツも登場します。

松山のど真ん中とは思えないくらいの緑まぶしい環境で、ゆっくりとした時間を過ごすのも素敵です。2階ラウンジまでは無料で入館できますので、街に出たついでに寄ってみてはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人
永野彰子

入社32年目、下り坂をゆっくり楽しんで歩いています。
ラジオ「ニュースな時間」で出会った人たちの、こころに残ることばを中心にお伝えできればと思います。

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