昨年度のベストワン本に

オピニオン室

「不自由って、想像力をはばたかせる素(もと)なんですよ」―。

松山市在住の作家、宇佐美まことさん。
去年秋に、児童虐待をテーマにした話題作「展望塔のラプンツェル」を出したばかり、のはずが、もう新作です。

黒鳥の湖

「黒鳥の湖」(祥伝社)は、女性拉致事件がひとつの軸になっています。
裕福で穏やかで幸せな家庭、人の好い笑顔、慈悲にあふれた言葉、あなたが心から信じているものが虚像だとしたら、何を信じますか?そう問われているような作品です。
宇佐美さんは「正面の取り澄ました顔より、人間の醜い断面を掲げて見せるような小説を書きたいんですよ」と語ります。

宇佐美まことさん

おととしの「熟れた月」(光文社)「骨を弔う」(小学館)「少女たちは夜歩く」(実業之日本社)「聖者が街にやって来た」(幻冬舎)、去年の「いきぢごく」(角川春樹事務所)「展望塔のラプンツェル」(光文社)と、ハイスピードでの上梓。
堰を切ったようにあふれる創作意欲は、「50歳でデビューするまで何も書かずにきましたから、書きたいものはいっぱいあります」と笑います。

前作もそうですが、今回の作品の舞台は東京。路地裏の風景から、スカイツリーの見える角度まで、まるでずっとそこに暮らしているかのように描写されています。
松山以外に住んだことがない宇佐美さんに、描くために東京へのロケや取材をされたのか尋ねると、「資料を読み込んで想像するんですよ。自分がそこにいる気持ちになってみる、どんなにおいがしてどんな風が吹いてくるかな、どんな音がするのかなってのを」ー。

子供のころ、写真集を見るのが好きだったという宇佐美さん、外国の風景をみて、そこに立っている自分を想像してみたりしていたといいます。
「今の子どもは(想像を)しない。すぐに調べられるし、ネットがあるし、ストリートビューもあるし(笑)。でも、不自由って、すごく想像力をはばたかせる素なんですよ」―。

モノはなかったけど、たしかに、想像することって“楽しかった”ことを、思い出しました。

もうすでに次の作品は出版社と推敲中だそうで、テーマは「小笠原諸島」。
6日に1便、片道24時間の船便しかない孤島に、ずっと興味を抱きつづけ、どうしても作品にしたかったそうです。

本の雑誌439号2020年1月号

ところで、児童虐待をテーマにした話題作「展望塔のラプンツェル」(光文社)が、2020年1月号の「本の雑誌が選ぶ2019年度ベスト10」の1位に選ばれました。
「本の雑誌」というと、本の情報や書評をテーマにした本の専門雑誌、いわゆる本を選ぶプロたちから、あらゆるジャンルの本の中からナンバーワンですよ、とお墨付きをいただいたわけです。
小説をエンターテイメントだけに終わらせない、人の心を、社会を変えていける力があるんじゃないかと思わせてくれる作品です。

展望塔のラプンツェル

家業手伝いに主婦業、おばあちゃんとしての役割、そして作家。
忙しい毎日ですが、創作に充てる時間は、就寝前の3時間と決めているそうです。この“自分の時間”があるからやれるんですよ、と笑う宇佐美さん、今年はさらにどんな作品で私たちに衝撃を与えてくれるのか、楽しみです。

最新作「黒鳥の湖」を出された宇佐美まことさんへのインタビューは、「ニュースな時間」きょう15日(水)18:30頃~と、明日16日(木)16:35頃~です。

記者プロフィール
この記事を書いた人
永野彰子

入社32年目、下り坂をゆっくり楽しんで歩いています。
ラジオ「ニュースな時間」で出会った人たちの、こころに残ることばを中心にお伝えできればと思います。

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