島の農業の危機救う?『孫世代Uターン』現象

ニュース解説

西日本豪雨の被災地、今治市大三島で『孫世代Uターン』現象が起き、島民を喜ばせています。島のJAのかんきつ部会、約200人の平均年齢は73歳。このままでは島のミカンづくりは存続不可能という危機の中、”失われた”ある世代を埋めるという大きな意味を持ちます。

◆子どもが都会に出て、孫が”島”に帰ってきた!

萬田圭亮さん(31 写真左)は大阪生まれの大阪育ち。今治市の大三島は、母親(写真中央)に連れられて、4年前に亡くなったおじいちゃん、仲川幸夫さん(写真右)の家に里帰りした時の記憶しかありません。

仲川さんが高齢のため、一人娘の母親が住む大阪市近くの施設に入ったのが10年ほど前。お見舞いに行く度に、大三島に残したミカン園の話を聞かされました。世話を頼んだ親戚からミカンが送られてくると、「自分だったら、もっと美味いミカンが作れるのに・・・」。残念そうに話す姿が忘れられません。

仲川さんが88歳で亡くなって、母親の実家、自分の”ルーツ”でもある大三島のミカン園を訪ねました。「おじいちゃんからは一度もおまえ、やってくれとは頼まれてない」(萬田さん)。しかし当時、リハビリ関係の仕事をしていた自分と家族の将来などを考え、新たな移住の形『孫世代Uターン』を決心しました。

大三島の親戚からは、「本当に大丈夫か?」と心配されたと笑いますが、仲川さんがいない間に耕作放棄地になった園地をもう一度開墾し、復活させたいと意気込みます。

◆新規就農に「年間150万円」を7年間支給

萬田さんが、ルーツとはいえ、生活したことのない土地で順調に、かんきつ農家へのスタートを切れたのには理由があります。島に「新規就農サポート事業」制度(JAおちいまばり)があったからです。

研修生になると、2年間は年間150万円の給付金を受け取りながら、かんきつ農業に必要な知識や技能などをJAのカリキュラムに沿って学びます。(『準備型』期間)

この間は売り上げを上げてはならず、萬田さんはこの期間に属します。

この期間を卒業すると、今度はさらに5年間、年間150万円を受け取りながら、いよいよ自立して農業を開始します。(『開始型』期間)

ここからは自分の経営方針を立て、自立した農業をスタートさせます。もちろん、収入は自分の努力と才能次第です。

この制度で、かんきつ農家としての自立を目指す研修生が大三島に現在、萬田さんも含めて8人います。

◆”失われた世代”を埋め、島の農業を存続させる

「島には50歳ぐらいの世代が”ごっそり”抜けている。その父親世代が農業の担い手だったころ、かんきつの価格が悪く、子どもたちが都会に出て行ったきり、帰ってこなかった。その孫世代が研修生の萬田さんに当たる」(JAおちいまばり 高本圭さん 写真右)

『孫世代Uターン』は大三島にとって”失われた世代”を埋める、大きな意味を持ち、島民は萬田さんに続く”孫”に期待します。

◆被災地で実を付けたレモン、島に”変化”の香り

今も大三島の被災地には土砂が大量に残るなど、愛媛県内では最も復旧が遅れている被災地といえます。しかし、よく見ると、かろうじて残ったレモンの木が黄色い実を付けていることに気づきます。

ここ数年、レモンは高値で安定し、若い消費者に人気があるなど、将来の期待のかんきつになっています。被災地に農地再編の計画がありますが、再編後はレモンを栽培の中心に据える計画です。研修生もレモンの将来性に期待しています。

今後は時代に合わせて、高収益が見込めるかんきつを、いかに上手く組み合わせて栽培するかがカギになります。

レモンの葉は緑色ですが、実はレモンの”黄色い”香りがしっかりします。島にも、目に見えない”変化”が起きています。

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12月31日(火)、1月7日(火)の私の担当分の解説記事は、年末年始休暇のためお休みさせていただきます。次回は来年1月14日(火)となります。今年は41回の解説記事を担当させていただきました。来年も宜しくお願いいたします。

記者プロフィール
この記事を書いた人
三谷隆司

今治市出身(54歳)立教大学卒。1988年南海放送入社後、新居浜支局記者、県政担当記者などを経て、報道部長。現在、執行役員報道局長・解説委員長

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