被災地・農業存続の危機「島のJAが生き残る力」

オピニオン室

西日本豪雨の被災地のすぐそば、今治市大三島の多々羅大橋のたもとでデコポンを栽培している森喜朗さん(32)。

北海道稚内の出身で2年半前、かんきつ農家を目指して夫婦で大三島にやってきました。

森さんは、JAおちいまばり『新規就農サポート事業』の2年間の『準備型』カリキュラムを卒業した第一期研修生。この冬、卒業後、初めて自分の園地で収穫を行い、初めての売上を手にします。

大三島で0.8ヘクタールの園地を借り、温州ミカンやレモン、デコポンなど5種類のかんきつを中心に栽培しています。農家として自立して初めての収穫を前に、「売上は150万円くらいあるかなぁ~」と話す笑顔に充実感を感じます。

◆超高齢化に西日本豪雨、”満身創痍”の島の農業

大三島のかんきつ部会には約200人の組合員がいますが、平均年齢は73歳。この超高齢化の島のかんきつ農業を、容赦なく襲ったのが去年の西日本豪雨でした。

約3.5ヘクタールの被災地の地権者は29人。しかし、JAによる聞き取りなどの結果、地権者は高齢などを理由に①復旧費用を支払うことが出来ない、②仮に復旧しても農業の再開に消極的、であることが判りました。

JAは被災地を国の制度を活用して農地再編し、再編後の園地を、森さんのような研修生に無償で貸し出し、島のかんきつ農業存続の1つの”突破口に”と計画しています。

◆新規就農に7年間、年間150万円の財政支援

JAおちいまばりの『新規就農サポート事業』とはどのような制度で、北海道を出たことがないという森さんが、なぜ、大三島という瀬戸内の島で、農家として自立出来たのでしょうか?

JAが島の農業存続の切り札にと取り組む、国の制度を利用した『新規就農サポート制度』の財政支援です。

森さんら3人の第一期研修生は、これまで2年間、年間150万円の給付金を受け取りながら、かんきつ農業に必要な基礎知識、技能などをJAのカリキュラムに沿って学びました。(『準備型』期間)

ただ、この期間は売り上げを上げることは出来ません。

この期間を卒業すると、今度はさらに5年間、年間150万円を受け取りながら、いよいよ自立して農業を開始します。(『開始型』期間)

ここから自分の経営方針を立て、自立した農業をスタートさせます。もちろん、収入は自分の努力と才能次第です。

森さんは、今後について「ブランドがしっかりしている紅マドンナのハウス栽培を出来ればやりたい。レモンもいいなぁ」と積極的です。

◆”超”地域密着『フルサポート型』研修生制度

JAおちいまばりの制度が特徴的なのは、全国的にも少子高齢化が加速度的に進む、島の特殊事情を考慮した”いたれりつくせり”のサポート体制を組み込んでいる点です。

島で農業を始める場合、技術や財政支援以上に、地域特有の伝統や慣習に馴染むための、しっかりとしたサポートが必要となります。

もちろん、農業面でも地域の事情に詳しく、様々な情報が集まりやすいJAならではのサポートが可能です。

JAおちいまばりで新規就農サポート事業を担当する岡本勇人さんは、いわば研修生の先生役。全国の同じような制度の実態について「給付金制度を利用した研修生を、単なる労働力としかみていない法人もあるように思う」と話します。

そして、「私たちは、この島で本気で農業をやりたい人の自立を、あらゆる側面からサポートする。ここまで地域に密着したフルパッケージの制度は全国的にも珍しいのではないか」と話します。

◆”島の”JA自身も存続がかかっている

「島の農業が、このままでは存続不可能になるという不安が、切羽詰まった問題になってきた。高齢の組合員も『このまま園地が荒れるのを見ていられない。若い人が引き継いでくれるなら、お金の問題ではなく、引き継いで欲しい』という気持ちなのではないか」(JAおちいまばり 岡本勇人さん、髙本圭さん)と話します。

この”お金の問題ではなく”という気持ちは、被災地の農地再編後の土地を、地権者が研修生に無償で貸し出すという同意に現れています。

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かんきつ園地の継承は、これまで、それぞれの農家で自律的に完結してきました。しかし今、その機能が失われています。若者が土地を離れ、そして、戻ってこない”島の農業”は、存続の危機に追い込まれています。

その機能を代行しようとするのが”島のJA”です。

島の農業存続は直接、島のJA存続に関わってきます。地域と運命共同体であるという覚悟が『新規就農サポート事業』を産みました。

記者プロフィール
この記事を書いた人
三谷隆司

今治市出身(57) 1988年南海放送入社後、新居浜支局、県政担当記者を経て現在、執行役員報道局長・解説委員長。釣りとJAZZ、「資本論」(マルクス)や「21世紀の資本」(ピケティ)など資本主義研究が趣味。

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