豪雨から復活へ!はっさく畑の『お好み焼き屋』

ニュース解説

西日本豪雨で2人の犠牲者を出した今治市、しまなみ海道沿線の島しょ部で、土砂で押し流された『お好み焼き屋』の復活を決意した夫婦がいます。

鴉(カラス)昇さん(80)とケイ子さん(72)です。

今治市上浦町(大三島)の「はっさく」畑に囲まれた場所に『お好み焼き屋』が建ち始めたのは先月末。年明けの再オープンを目指しています。

お好み焼き屋があった場所は、あたり一面、もともと鴉さんのはっさく畑でしたが、食堂で働いた経験のあるケイ子さんが17年前、5坪ほどの土地で、好きだった料理の腕を活かし、年金の足しにでもなればと始めました。

店の周りには、はっさく畑が広がり、畑の向こうには青い海、そして、愛媛と広島の県境をまたぐ多々羅大橋を臨みます。

「みなさん、こんなところにお客さん来るの?って言うんですが、はっさく畑に囲まれて本当に静か。窓を開けたら海が見える。隠れ家的な気分が味わえて、常連さんが2、30人はいましたよ」とケイ子さんは話します。

◆西日本豪雨で間一髪、命は助かったが・・・

そんな”静かな”お好み焼き屋を豪雨が襲ったのは、去年7月5日夕方5時30分ごろ。雨もひどいし、早めに店を閉じて自宅に帰りました。

ところが、自宅も水に浸かり始め、役場に相談の電話をしたところ、「鴉さん、大丈夫?」とひどく心配してくれます。

どうも話が噛み合わないので、よくよく聞いてみると、お好み焼き屋が土砂災害にあったらしいとのこと。

「あと30分も店を出るのが遅かったら、店ごと流されていたかも」(ケイ子さん)。

◆すぐそばの温泉施設は「廃止」に

すぐそばには『多々羅温泉 しまなみの湯』という温泉施設がありましたが、建物こそ残ったものの、改修費に2億円かかることなどを理由に今年6月、今治市議会で廃止が決まりました。

入浴客が、鴉さんのお好み焼き屋に立ち寄ったり、持ち帰ったりしてくれていた、ということで、施設の廃止は二人にとっては大きな逆風です。

◆まだまだ傷跡残る災害現場

1年5か月たった今も災害の傷跡はいたるところに見られます。

温泉施設とお好み焼き屋を取り囲むように広がるかんきつ畑も一見、土砂が取り除かれたように見えますが、実はそうではありません。

「寝転んで、はっさくが収穫が出来るんよ」

鴉さんが、しきりにこう表現します。

畑に入って理解できました。

流れ込んだ土砂が堆積して土地がかさ上げされ、本来、脚立がないと届かなかった実が、寝そべっても収穫できるという意味だったのです。

さらに中に入ると、明らかに段差になっているのが分かります。

鴉さんが「このはっさくの木は先祖代々、受け継いどるんよ」という自慢の木も、明らかに根元部分が土砂に埋まっています。

不思議に思って、「これ、枯れないですか?」と聞くと、鴉さんが地面を足で掘って、「流れ込んだのが砂やったから、なんとか木がもっとる。ヘドロ状の土砂やったらアウトやったな」と答えてくれました。

◆復活を決意させた”三種の神器”

すぐそばの温泉施設は廃止が決定。はっさく畑の土砂の撤去はほぼ手つかず。夫婦にとって見通しは極めて厳しい中、なぜ、お好み焼き屋の復活を決心したのでしょうか?

店の間取りです。

体を悪くして、手術したこともあるケイ子さんは、自分のペースでゆっくりと仕事をしてきたといいます。お客の側も、そのケイ子さんのペースに合わせた常連客が多く、”はっさく畑に囲まれた、ゆっくりとした時間”が店内に流れていました。

その時間をずっと見守ってきたのが「神棚」と「招き猫」、そして、「営業許可証」の”三種の神器”です。

この3つが、土砂で埋まった店内から見つかったのです。

その時、ケイ子さんは「もういっぺん、やれってことだ」と思ったといいます。

お好み焼き屋の復活は、西日本豪雨から数日後、実は、夫婦の心の中では決まっていたのです。

◆再開で、災害後の気分を一新

ケイ子さんは「若い時から仕事をしてきた。何かしてないと落ち着かないたち。働きながら、いくときにはコットンといきたい」と、再開後、最低でも5年は働きたいと活き活きと話します。

鴉さんも、高齢のお兄さんから畑を新たに引き継ぎ、「ボツボツとかんきつをやりたい」と気分一新の様子です。

はっさくの収穫は年明けから始まります。

◆未来を見据えた本格復旧は、これから

ところで、取材の帰りに寄った、災害現場近くの道の駅で興味深い風景に出合いました。

たくさんのサイクリストでにぎわっていましたが、よく売れているのが・・・

大三島などで栽培されたレモンです。JA関係者によると確かに国産レモンが人気で、首都圏で開く「かんきつ販促イベント」などでも今、欠かせない商品になっているんだそうです。

西日本豪雨を機に、鴉さんのかんきつ畑やお好み焼き屋周辺では、農地再編によって、例えば、人気のレモンを植えるなどした、高効率で高収入が見込める”次世代農業”に挑戦しようという取り組みが始まろうとしています。

鴉さんのはっさく畑の未来と、お好み焼き屋周辺の未来の風景について、さらに取材を続けます。

(空撮写真はJAおちいまばり 提供)

記者プロフィール
この記事を書いた人
三谷隆司

今治市出身(57) 1988年南海放送入社後、新居浜支局、県政担当記者を経て現在、執行役員報道局長・解説委員長。釣りとJAZZ、「資本論」(マルクス)や「21世紀の資本」(ピケティ)など資本主義研究が趣味。

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