小説の力

オピニオン室

東京目黒の結愛ちゃん、千葉県野田市の心愛ちゃんの虐待死事件の詳細が明らかになるにつれて、どれだけ心から血を流し、自分の無力さを感じたことでしょうか。
虐待を生み出す社会を作ってしまったわたしたち大人の罪。何もできない自分。ずんと重い気持ちを抱えたまま、日常をおくっている人も多いのではないかと思います。
いまもどこかで悲痛な叫び声をあげている子どもたちを、私には、救う力がない…。

宇佐美まことさんは、ひとつのヒントをくれました。
「気がついてあげるだけでも、子どもは力を得るんじゃないかな。小さなことでいいんですよ。ちょっと声をかけてあげる、気づいてあげる、そういうことが何人かつながると、その子は救われるんじゃないか」-。

展望塔のラプンツェル
『展望塔のラプンツェル』宇佐美まこと 光文社

松山市在住の作家、宇佐美まことさんがこのほど新刊を出されました。
テーマは児童虐待です。
物語は3つの世界が展開します。一つ目は、様々な問題が持ち込まれ、日々精神と肉体を削り対応にあたる児童相談所の人たち。2つめが、性暴力、虐待、ネグレクト、暴力と貧困の中で、行き場もなくすさまじい毎日を生きる、渚・海という17歳の少年少女と、同じく虐待を受けている6歳の男の子がつながりあう世界。3つ目が、子どもが欲しくても得られず不妊治療に通う夫婦の世界。この3つのストーリーが最後に絡み合います。

半年前、宇佐美さんから「児童虐待がテーマの作品書きました」という話を伺ってから、本が出来上がってしまうのが待ち遠しくもあり、怖くもありました。
人間の心の闇を容赦なくあぶりだす宇佐美さんが、どのような作品を編み出すのか。

本の装丁は、メルヘンの物語を想像させます。赤ちゃんの肌のようなうすいピンク色の表紙に、グリム童話に出てくる長い髪のラプンツェルを思わせるイラスト。やわらかな物語かと思わせながらの宇佐美ワールドです。

本来ならかわいい盛りの男の子が、日常的に親からひどい暴力を受けている話、私の娘と同じくらいの女の子が凄惨な性暴力にさらされる話、息ができなくなるくらい辛すぎて何度も本を閉じようと思いました。でも、この現実を知らなくてはいけない、第2の結愛ちゃん心愛ちゃんがどこかにいるんだからと、心して。

宇佐美さんは、目を覆いたくなる場面も、あえて詳細に描いたといいます。
「こういう小説を読んで、こんなことが現実なんだな、という、気づきですよね。それだけでも意識は変わるんじゃないかな。それが小説の力だと思うんです。自分だったらどうするか、想像してもらえるだけでも」―。

ひどい暴力、性虐待、ネグレクトにあう子どもたちの辛い話は、もう見たくない聞きたくない、そう思う気持ちはよくわかります。
でもそんな現状があることを知るだけでも、想像するだけでも、そんな子どもたちの存在に気づいてあげることができ、それがつながることで、子どもが一人でも救われるかもしれません。

「かならず、ひとすじの光を置きたいんです」という宇佐美さんの作品。
この物語は、おしまいに、「生きる力」を私たちにプレゼントしてくれます。
どんな環境にいても、乗り越え、自分の人生を自分のものにする力が、人には備わっているんだと気づかせてくれます。

宇佐美さんへのインタビューは、「ニュースな時間」内、きょう10月30日(水)18:30頃からと、31日(木)16:35頃の2回にわけて放送します。
また今週末11月3日(日)の「坂の上のラジオ(10:00~)」でも、宇佐美まことさんが登場します。お楽しみに。

記者プロフィール
この記事を書いた人
永野彰子

入社32年目、下り坂をゆっくり楽しんで歩いています。
ラジオ「ニュースな時間」で出会った人たちの、こころに残ることばを中心にお伝えできればと思います。

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