今年7月以降、宇和島市と愛南町に広がる宇和海で、真珠を育てるアコヤ貝の大量死が続いています。
苦悩する漁業者や、対策に乗り出した関係者の取り組みを取材し、大量死が愛媛の真珠産業に与える影響を考えます。
今週初めの9月9日、宇和海沿岸の愛南町家串では、死んだアコヤ貝の処分が続いていました。
養殖カゴを海から引き揚げると、中には「稚貝」(ちがい)と呼ばれる、生後半年ほどのアコヤ貝がたくさん死んでいました。
県と国が大量死の原因を調べていますが、未だ特定には至っていません。
アコヤ貝は、真珠を育てることから「真珠母貝」(ぼがい)とも呼ばれています。
ところで、真珠養殖には2つのアコヤ貝が必要です。そして、それぞれのアコヤ貝を養殖する、2種類の養殖業者がいます。
◆真珠養殖の基礎知識 2種類の「アコヤ貝」と「養殖業者」
①人工ふ化させたアコヤ貝をおよそ1年半かけて稚貝から母貝にまで育てるのが「真珠母貝養殖業者」です。
②もう一方は、母貝にまで育ったアコヤ貝を仕入れて、その中に真珠の元になる核を入れ、数か月から1年あまりかけて真珠を育てる「真珠養殖業者」です。
真珠養殖を分業にすることで、それぞれが専門的に高品質な真珠母貝(アコヤ貝)と、真珠の珠(たま)を作り出すのです。
今回の大量死で、被害が深刻だと言われているのが稚貝で、中には8割もの稚貝が死んだ真珠母貝養殖業者もいるということです。(核の入ったアコヤ貝でも、被害は確認されている)
◆養殖業者の経営や生活への影響は?
愛南町の真珠母貝養殖業者、兵頭勝也さん(44)。今年仕入れたばかりの稚貝をたくさん失ったといいます。兵頭さんは「稚貝が順調に育ってくれていれば、来年秋に出荷する予定だった。来年は経営が厳しくなる」と肩を落とします。
養殖業者の売り上げが減少すれば、所属する漁協の売り上げも悪化することが心配されます。
愛南町に次いで真珠母貝養殖業者が多い、宇和島市津島町の下灘漁協・武部洋安組合長に、漁協への影響について聞きました。
下灘漁協には真珠母貝養殖業者と、真珠養殖業者の両方が所属しています。
武部組合長は、今年秋に出荷を迎える母貝の販売と、年末から始まる真珠の販売の両方に、影響が出るとみています。
さらに、「大量死が起きた海で育った真珠や、母貝の品質がどれだけ保たれるかが不安だ」と話します。
その上で「来年3月期の売上減少は避けられず、その後、稚貝の大量死が直接響く2021年3月期も厳しい」と予想します。
◆真珠販売額、日本一から転落も?
稚貝を中心としたアコヤ貝の大量死で、来年秋に出荷するアコヤ貝が大幅に減れば、それだけ真珠養殖業者に引き渡される母貝が減り、その結果、真珠の生産量も落ち込むことが予想されます。
愛媛の真珠産業はアコヤ貝、真珠ともに全国一の販売額を誇ります。
しかし、今回の大量死で、全国一の座が近い将来、危うくなる恐れがあります。
そこで県や各漁協は、大量死を補うために、人工ふ化による種苗生産を、通常より前倒しする対策に乗り出しています。
◆大量死への対策は、種苗生産の前倒し。しかし、課題も・・・
下灘漁協は専門の施設で8月30日、親となるアコヤ貝を使って採卵に成功しました。
順調にいけば、10月上旬から中旬にかけて真珠母貝養殖業者へ引き渡せる見込みだということです。
施設の大型タンクでは、ミクロン単位の種苗(アコヤ貝の赤ちゃん)が育っていて、職員たちがエサのプランクトンを与えるなど管理を続けています。
しかし、通常とは異なる時期での種苗生産となり、課題もあります。
アコヤ貝の生育に適した海水温は25度と言われています。
しかし、下灘漁協で産まれたアコヤ貝(稚貝)が引き渡され、それぞれの真珠母貝養殖業者が海中で育て始めた後の11月下旬から12月にかけては、一気に海水温が低下することが予想され、まだ小さな稚貝がどれだけ耐えられるのかは未知数です。
このほかアコヤ貝の大量死を巡っては、愛媛から多くの真珠母貝が出荷されている三重と長崎でも同じような大量死が起きていて、それらの地域でも原因の特定には至っていません。
国内の真珠産業全体にも、暗い影を落としつつある今回のアコヤ貝大量死。
生産現場では今、早期の原因究明と、産業の維持に向けた対策が同時並行で進められています。