交渉は経験か

オピニオン室

「あと15%安くしてくれたら買うんですけどね」。

ビジネスの最終局面、これまで何度も交渉し、先方の要求もできるだけかなえ、金額も合意して、さあ契約書を…という場面で、突如、先方がこのセリフを出したらどうしますか?―。

上司には取引が成立したと報告しているので、いまさら破棄はできないと考え、しぶしぶ呑む。それとも「15%は無理だけど10%引きならと答える」、はたまた「できません」と拒否する、それとも…

先日参加した人事研修のなかで体験した「交渉学」のワークです。
私は「15%は無理だけど…」と答えましたが、実はこの反応は、『2分法の罠』と呼ばれる交渉手法に陥っているのだそうです。正解か不正解か、〇か×か、白か黒か。本来ならばもっと選択肢があるはずなのに、人は二者択一を迫られると、どちらかを選ばなければならない気持ちになって選んでしまう、のだそうです。
安くするなら買ってもらえる、しないなら買ってもらえない。さあどちらを選ぶ?のトリックにかかって、応じざるを得なくなる。
相手に、その他の選択肢があるということを考えさせない、いわば思考停止状態にしてしまうわけですね。

職場だけでなく、家族や地域、学校、国家間まで、交渉の機会はずいぶん増えています。交渉はやっぱり経験を積まないと、と思いがちですが、実は「ロジック」であるといいます。

ハーバード×慶應流 交渉学入門 (中公新書ラクレ)
【ハーバード×慶應流 交渉学入門】田村次郎

「欲しくなかったのに、なんで高いものを買ってしまったんだろう」「気が乗らなかったのに、どうして付き合ってしまったんだろう」「交渉のつもりがなぜ喧嘩になってしまったんだろう」と思うことは日常生活でもよくあります。それらは、単なる不運や気まぐれ、性格によるものではなく、ほぼすべて、交渉学のロジックに当てはまるということが、わくわくするほどわかります。

特に興味深かったのは「BATNA」とよばれる「合意できなかったらどうするか」を考える事前準備は必ず必要だということ。
平たく言うと、本命のAと交渉する前に「A社が買ってくれなければ、B社が買ってくれる」とか、「Aさんに告白してダメだったら、Bさんと付き合う(!)」など、暫定的なBを見つけておくことです。
本によると、日本人はとかくBATNAについてあまり考えてないと指摘しています。島国のなかで環境的に同じように生まれ育っているために、考え方も似ていてわかりあえるから、BATNAなしでも信頼関係を勝ち得るというまじめさがあるからだそうです。
確かに、BATNAがあれば交渉にも強い気持ちで臨めますよね。

あの国はなぜこんな手段に出てくるんだろう、という疑問も「交渉学」の中に答えを見つけることができるのでニュースが違った視点で見えてくるかもしれません。

さて冒頭の答えですが、まず、はい・いいえでは答えない。「なぜそのような提案をするのか」質問で返す、です。もちろん「何で今更こんなことを言う?」とケンカ腰ではなく、「これまで何度も打ち合わせをして、ディスカウントに代わるサービスをさせていただきましたよね。でも今の段階でこの提案をされるというのはどういうことなのか、もう少し詳しく説明していただけますか」と、こちらのこれまでの合意と労力を明確にしながら、相手の意図を語ってもらう、だそうです。

私の隣で受講していた営業マンは「金額にすぐ反応しないというのは、営業の鉄則ですよ。」と言っていました。やはり、経験も強し、です。

※写真は本文とは関係ありませんが、夏休みで出かけた熊本県小国町の「鍋ケ滝」です。

記者プロフィール
この記事を書いた人
永野彰子

入社32年目、下り坂をゆっくり楽しんで歩いています。
ラジオ「ニュースな時間」で出会った人たちの、こころに残ることばを中心にお伝えできればと思います。

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