西日本豪雨の被災者と”もう一つ”のダム

ニュース解説

33人(関連死含む)の犠牲者を出した
西日本豪雨から間もなく3年。

ダムの緊急放流と肱川の氾濫では、
様々な検証がなされました。

そんななか、実は、肱川流域にある
”もう一つ”のダムが、県民から
忘れられているのではないか?

そうした疑問から取材を始めました。

◆もう一つのダムとは?

肱川流域には現在、
西予市野村町に野村ダム、
その下流の大洲市肱川町に
鹿野川ダムがあります。

そして、もう一つ、
流域にはダムが存在します。

『山鳥坂ダム建設事業』です。

総事業費850億円
2026年度の完成を目指して
建設中のダムですが
これまで、まったく、
西日本豪雨と関連して取り上げられることが
ありませんでした。

◆無関心・・・、忘れられたダム?

山鳥坂ダムのダムサイト建設予定地は
西日本豪雨で大きな被害を受けた
大洲市旧肱川町の中心部から
車でわずか5分程度。


実際に行ってみると
「旧肱川町役場からかなり近い」と感じます。

旧町役場付近には約100世帯、
250人が生活していますが
西日本豪雨の際の鹿野川ダムの緊急放流で
「あたりがスッポリ水没した」
「2階の畳が浮いた」(地元の被災住民)
という大きな被害を受けました。

現在、細い道を
ひっきりなしに大型ダンプカーが行き来し、
建設中のダムの存在を実感します。

山鳥坂ダムが完成すると、旧町役場付近が、
鹿野川ダムと
山鳥坂ダムの2つのダムが放流した際、
ほぼ合流地点にあたることが分かります。

「不安は?」
住民に素朴な疑問を投げかけました。

「気持ちのいいもんじゃない」
(地元の被災女性)
と答える人がいる一方、
「鹿野川ダムが緊急放流した時も
放流の音が聞こえたわけでもない。
特になんとも思わない」(地元の被災男性)
「そういうことを考えたこともない」
(地元男性)という人もいます。

建設中の山鳥坂ダムは
距離的には身近にあるものの
住民は総じて”無関心”だと感じました。

はっきり
「関心ない」(災害公営住宅で生活する男性)と
いう人もいます。

しかし無関心ではいられない
変化も生まれています。

◆ダムサイト位置の変更の可能性も
事業費、工期への影響を精査中

国土交通省は先月、
これまでより精度の高い
ボーリング調査の結果、
大規模な地滑りの危険個所が
複数あることが分かったとし、
ダムサイトの位置を
変更する可能性が出てきたと発表しました。

そのため、ダムの完成も
予定の2026年度より遅れる可能性が高まった
としています。

さらに事業費に関しても
当初計画とどの程度の差異が生じるのか
現在、精査中とします。

◆事業費、約850億円の半分
438億円を執行済み

山鳥坂ダム工事事務所によると
2020年度までに執行した事業費は

・付け替え道路工事や用地補償など(直接費)
約160億円

・測量や地質調査、環境調査など(間接費)
約230億円

などに事務所経費などを含めた
合計、約438億円で
発表されている総事業費850億円の
51.5%をすでに消化しているといいます。

・仮排水トンネル・基礎掘削 など
ダム本体工事はまだ、手つかずの状態です。

住民の関心はどこに?

住民はこうした状況について
知らされています。

そのうえで、山鳥坂ダムについて・・・

「ダムサイトの変更は今更・・・
という感じはするが
あまりに時間が経ち過ぎ、関心が薄れた」

「過去にやめればいいのにと
思ったこともあったが
立ち退きで土地を離れる人が出て、
新しい道路もできて、
今は建設に反対ではない」(被災住民)

「山鳥坂ダムができる河辺川には
普段、水がチョロチョロとしか流れてない。
そもそも小さな川で、
洪水対策の実感が湧かない。関心ない」
(災害公営住宅に暮らす被災者)

◆計画が持ち上がって30年超、
翻弄され続けた旧肱川町住民

山鳥坂ダムはもともと30年以上前、
直線距離で約45キロ離れた
県都・松山市に水道水や工業用水などを送る
「分水事業」を含む多目的ダムとして
計画が始まった経緯があります。

しかし、「分水事業」がとん挫し、
氾濫を繰り返す肱川の治水目的に
ほぼ絞り込み、建設が進んでいます。

当時、地元には地域外に水を”分ける”ことへの
抵抗が強かったほか
現在も、河川環境が悪化するなどの
反対意見があります。

2009年から5年間は
民主党政権の「ダム検証」で
一旦、工事がストップしましたが、
「考えられる限りの選択肢を並べ、
比較検討した結果」(山鳥坂ダム工事事務所)
必要と判断され、現在に至っています。

「実施計画調査」に着手したのが昭和61年。
その後、平成、令和の時代を生き続ける
総貯水容量 2,490万トンのダムは、
現在、建設が進む新設ダムとしては
四国で唯一のダムとなりました。

◆住民の”真の関心”はどこに? 

西日本豪雨の被災状況や、
山鳥坂ダムについて親切に、
しかし、どこか淡々と
説明してくれる被災者が
小雨の中、思わず家の中から出て
訴えるように話し出す瞬間がありました。

中岡博さんは自宅が西日本豪雨で
2階まで浸かったといいますが、
更地になった隣接する区画を指さし
「一番残念なのは若い人が洪水を機に
土地を離れたこと」と話します。

一緒に話していた奥さんは
「近所に若くて頑張っている人がいるから
その人に聞けば、
もっといい話が聞けるよ」とも
教えてくれました。

地域に暮らす人々の
本当の「願い」を感じた気がしました。

地域の人口は平成元年の400人から
西日本豪雨の年、平成30年には248人へと
約4割も減っています。

◆復興がようやく本格化

旧町役場付近は
西日本豪雨で支所や公民館、郵便局など
中心的な機能が大きな打撃を受けたため
大洲市の中でも特に重点的に
復興が進められます。

去年、
肱川地区復興まちづくり計画がまとまり
今年度から、復旧から復興へと
本格的な取り組みが始まります。

ここに残って良かった・・・
ここに住み続けたい、
そう思える地域づくりへの挑戦ともいえます。

大洲市は「もし山鳥坂ダムができていたら
ここまで大きな被害にはなっていなかった」
(大洲市の復興担当者)の立場です。

国は、山鳥坂ダムの完成と
さらなる河川整備などで
おおむね西日本豪雨から10年後をめどに
「西日本豪雨と同じ規模の洪水を
安全に流下させる」を
”公約”に掲げています。

◆”みんなのために”の大切さと危険性

山鳥坂ダムの水没地域から立ち退いた住民は
33人。

今回取材したダム建設周辺も含めて
地元住民は
水害に悩まされる肱川流域の
”自分も含めたみんなのために”
30年を超えてダム建設と
向き合い続けています。

コロナ禍の今、”自分も含めたみんなのために”
不便な生活が続きます。

全体の利益のために、
個人にどこまで我慢を求められるのか。

答えを出すのが難しい問題ですが、
多様な視点で取材し、
問い続けなければならないテーマだと
感じました。

記者プロフィール
この記事を書いた人
三谷隆司

今治市出身(56歳)立教大学卒。1988年南海放送入社後、新居浜支局記者、県政担当記者などを経て、報道部長。現在、執行役員報道局長・解説委員長

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