広島・アドゥワ誠 初完投勝利!

ニュース解説

      

松山聖陵高校出身カープのアドゥワ誠投手が5月12日の横浜戦でプロ入り初完投勝利を飾った。
8安打を許したものの低めにボールを集め1失点無四球での完投。開幕から出遅れなかなか5割の壁を破れなかった広島に今シーズン初めての貯金をもたらした。母の日だったこともありヒーローインタビューでは「テレビの前のお母さん。俺、やったよー!」と叫びカープファンの心を鷲掴みにした。

身長196cm(本人曰くまだ伸びておりたぶん197㎝)体重83㎏。ナイジェリア人の父アントニーさんと元実業団バレーボールの選手だった母純子さんの次男として熊本で育った。熊本中央シニア時代は投手もしていたが肩の強さと器用なところをかわれ主にショートを守っていたそうだ。そして松山聖陵に入学してから本格的に投手になった。入学時の身長は191cm体重61㎏。高校ではとにかく細くて体力のなかったアドゥワに監督が1日5食の課題を与え体作りに重点を置いたそうだ。

高校1年生の秋から公式戦のマウンドに上がるようになったアドゥワだが球速は130㎞前後と決して力のある投手ではなかった。しかし体重増加と共に最速が上がり140㎞に迫ってきた高2の夏。アドゥワにとって運命の試合を迎えた。第97回全国高校野球選手権愛媛大会2回戦。松山聖陵は第4シードとしてこの大会に臨んでいた。対戦相手は八幡浜。松山聖陵にとっての初戦である。この試合の先発は165cmの小さなエース日野。どんな時でも強気にストレートを投げ込み黙々と練習に取り組む1学年上の先輩をアドゥワは心から尊敬していた。試合は接戦となり3-1松山聖陵2点リードで迎えた最終回。日野がつかまり1点差に追いつかれ1アウト3塁でアドゥワがリリーフのマウンドに立った。「先輩と共に甲子園に行きたい」といつも口にしていたアドゥワ。代わって1人目を三塁ゴロに打ち取るも次の打者にタイムリー3ベースを打たれ同点。さらに次の打者にレフト前タイムリーを浴びてサヨナラ負け。まさかの初戦敗退を喫した。「先輩に申し訳ないことをした」アドゥワは高校入学後初めてグラウンドで涙を流した。

「あの試合をきっかけに練習に取り組む姿勢が変わった。ひょっとすればこの子はプロになれるのではないかと思い始めた」と荷川取監督。それからのアドゥワは「白米を吐くまで食べた」と振り返るように本気で肉体改善に取り組んだ。朝500gの白米。昼食も白米、練習の前、練習後はおにぎり。そして夜に1000gの白米。1日5食。ハードなトレーニングに加え食トレにも妥協なく取り組んだ。

入学時から20㎏近く体重が増えた高3の春。練習試合解禁日となった初戦。アドゥワが目を見張る投球を披露した。香川の強豪英明に対し最速143㎞の直球で押しまくり13奪三振のノーヒットノーランを達成。プロ注目の存在となった。そしてその夏。松山聖陵を初の甲子園に導き、松山聖陵初のプロ野球選手となった。

アドゥワは「松山での3年間がなければ僕はプロになれていない」と語り毎年オフには母校を訪れる。去年プロ2年目で53試合に登板しリーグ3連覇に貢献したオフも当たり前のように母校に帰ってきた。「プロは毎日試合がある。大事なのは打たれた時も、抑えた時も次の日に持ち越さないこと。切り替えが大事だと思った。1年だけだったと思われたくないので監督に決められたポジションで淡々と仕事をしたい」と語っていた。とにかく20歳にしては落ち着いている。

アドゥワはグラウンドでほとんどガッツポーズなどのアクションをしない。初完投勝利を収めたときも少し微笑みを見せただけで静かにマウンドを降りた。この不動の心がプロ野球選手としての彼を支えている。今後どんな選手になるのか?まだまだ成長している彼の活躍をこれからも応援したい。

記者プロフィール
この記事を書いた人
藤田勇次郎

1975年生まれ。奈良県大和郡山市出身。1998年入社。
高校野球・サッカー・日米大学野球・マラソン・トライアスロン・アームレスリング・駅伝・ボウリング・剣道・ビーチバレーなど各種実況担当。
「松山大学女子駅伝部」を10年にわたって取材。4本のドキュメンタリーを制作。

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