コロナ危機が襲った活魚運搬「ありえない世界」

オピニオン室

愛南町は、全国に流通する養殖マダイの5尾に1尾を出荷するマダイ養殖の町。

その町をコロナ危機が襲い、「中央の卸売市場に出荷できないため、生け簀に大量の養殖マダイが滞っている」(養殖関係者)という問題が起きている事実を、5月26日発信の解説記事『マダイ養殖”価格を守る”戦い・コロナ問題』で報道しました。

きょうはその続報、全国の緊急事態宣言が解除された”今”の状況を、前回とは違った視点で、お伝えします。

◆ようやく動き出した養殖マダイ。しかし、使う水槽はまだ一部

東京都のコロナ警報情報「東京アラート」が解除される直前の今月10日、全国最大の活魚運搬会社「中浩運輸」(宇和島市津島町)の25トン車が、関東向けに愛南町で積み込んだ養殖マダイは794尾。

運搬車には5つの水槽がありますが、一緒に運んだシマアジも含めて使ったのは3つの水槽、その水槽にもまだ余裕があります。

運転手の菅原渉さん(38)は、「6月に入ってボツボツ動き始めたが、これまで豊洲がほとんど動かなかった。2つの水槽で運んだこともある」と話します。

◆マダイ養殖だけでなく、実は活魚運搬も全国に誇る地場産業

宇和島市津島町に本社をおく、活魚運搬では全国一の中浩運輸の社長、中村浩之さん(53)は立志伝中の人物です。

父親は地元の漁師という中村さんは23歳の時、夫婦2人で1台の活魚運搬車から会社を興しました。

創業の地は、現在の本社のすぐ近くにありますが、ほとんど空き地にプレハブ小屋を建てた程度。(私は10年以上前、この小屋のような建物の中で中村さんに取材し、奥さんにコーヒーを入れてもらった思い出がある)

現在は、倉庫も備えた本社に新築され(写真下)、運用する車両は全部で55台。うち活魚運搬車は25台(全国一)。

冷凍部門、一般貨物部門も加えて3つの部門、合わせて従業員66人の会社に成長させました。

会社が育った理由について、「会社の理念なんかない。ある仕事はどんな仕事でも引き受け、生き残った。本当にキツかったが、活魚運搬では全国一の自信がある」と、たたき上げの社長らしい言葉を口にし、「まぁ、借金がうまかっただけよ」と笑います。

◆コロナは、養殖の世界に「ありえない世界」を生んだ

今は、全国の活魚運搬を手掛ける社長が、コロナ危機の現在を「ありえない世界」と表現します。

「みんな勘違いしているが、活魚運搬で景気がいいのは、活魚の値が安くなる時。安くなるとものが動く。運賃は運ぶものの値ではなく、行き先で決まる。これまでは活魚の値が安くなれば絶対、動いた。しかし、今回は動かない」。

養殖関係者らによると、養殖マダイの値段はこの数年好調で、キロ1,000円を超える高値(浜値)を付けていましたが、去年の春から夏にかけて頭打ちとなり、下がり始めたといいます。

中浩運輸は稚魚の運搬も手掛けるため、数年後の”海の在庫”はいくらか推測できるといい、「今年は絶対、マダイが出ると思った。生け簀に尾数があるのは分かっていた」(中村社長)。

「知識がないと絶対、手を出せない世界」という経験から今年、1台5,000万円する25トン活魚運搬車を2台新調し、働き方改革にも配慮して新たに運転手を2人、雇用しました。

ところが「ありえない世界」に遭遇し、「ダブルパンチどころじゃない。今年は骨身に染みた」と今後の経営戦略の練り直しを迫られています。

◆飲食業向けに偏り過ぎていたのではないか

中村社長は地元、愛南町の養殖マダイに誇りを持っています。

「愛南漁協は養殖マダイをブランドとして関東に売り込んでいる。全国的に見ても優れた漁協。さらに愛南産マダイは、年間通じて安定供給が出来るという強みもある。品質を保ち、安定的に供給できる産地は、なかなかない」と20年の築地市場での経験をもとに評価します。

一方で、「マダイやシマアジなど高級魚は、居酒屋や全国チェーンのすし屋など飲食業向けがほとんど。魚の需要が飲食業に偏っていた影響が、今回の問題の背景に絶対、あると思う」と分析します。

「一般の人が、マダイをどれだけ食べるだろうか。うちの嫁さんでも魚を捌くのを嫌がる」と舌を出して見せました。

◆愛南漁協は、魚の公式オンラインショップを開店

「これまで愛南町の魚に関心を持ってくれる個人客もいたが、親切に対応したとは正直、言えない」(漁協関係者)。

愛南漁協は町と協力して、5月18日から魚の公式オンラインショップを開店させました。

2キロのマダイを3,500円(税・送料込み)で販売します。

さらに「プロが教える~真鯛のさばき方」動画をユーチューブで配信するなど、個人に直接、養殖マダイを売り込み、食べてもらう「ぎょしょく」に力を入れた販売対策をスタートさせました。

過剰在庫問題の解消にどれだけ効果があるのか、まだ分かりませんが、「世の中の変化に気づくには、消費者とのつながりが必要なんだと改めて感じた」(漁協関係者)という言葉に、市場の向こう側の顧客に直接、向き合おうとする姿勢を感じます。

◆「自分だけが生き残ることは絶対、あり得ない」

実は中浩運輸には、①活魚部門の他に、②冷凍部門、③一般貨物部門もあり、活魚部門の不振をしり目に、冷凍部門と一般貨物部門は好調を維持しています。

中村社長は、コロナ危機を教訓に今後、各部門の売り上げが、限りなく3分の1になるような売上構成を目指し、リスクを分散する戦略を立てます。

しかし、それ以前に、「生産者が元気じゃないと、地元のみんなが弱る。自分だけが生き残ることは絶対、ありえない」と地場の企業としての原点を見つめ直します。

「うちは地場産業に育ててもらった」。

「今回はうちが泣くから、次は(利益を)乗せてもらう・・・というケースも出てくるじゃないか」とも話しました。

理念がないから生き残ったという中村社長ですが、実は企業理念を「地場産業に育てて」もらっていたのかもしれません。

記者プロフィール
この記事を書いた人
三谷隆司

今治市出身(57) 1988年南海放送入社後、新居浜支局、県政担当記者を経て現在、執行役員報道局長・解説委員長。釣りとJAZZ、「資本論」(マルクス)や「21世紀の資本」(ピケティ)など資本主義研究が趣味。

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