第22回「参院選愛媛・永江氏勝利の余波」

ニュース解説

■参議院初登院
2019年7月21日に行われた参議院議員選挙愛媛選挙区で事実上の与野党一騎打ちを制して、初当選を果たした永江孝子参議院議員が8月1日、参議院に初登院しました。
永江さんは、2009年から2012年まで旧民主党の衆議院議員を務めていて、7年ぶりの国政復帰となりますが「ここからがスタート」だと決意を新たにしました。

■あの女性政治家と新会派結成
永江さんは、3年前の2016年参院選に続き、今回も野党統一候補として出馬し、野党各党からの支援を受けました。このため、永江さんは、当選後も政党は無所属を表明しました。


一方で、参議院の会派については、支援者と相談しながら決めていきたいと話していました。
こうした中、永江さんと同じく、野党統一候補として参院選滋賀県選挙区に出馬し、初当選を果たした嘉田由紀子元滋賀県知事と新会派を結成することになりました。

■会派結成のきっかけは、嘉田さんからのラブコール。
ともに仕事をしながら子育てしてきた経験があり、子育てや女性支援などで基本政策が一致しました。
気になる新会派の名称は「碧水会(へきすいかい)」。
永江さんによりますと「碧」は「あおみどり」の意味があり、永江さんのイメージカラーが「青」、嘉田さんのイメージカラーが「緑」だということです。
さらに、「愛媛の瀬戸内海」、「滋賀の琵琶湖」を「水」に込めました。

当面は2人会派ですが、少数会派の方が機動力があり、党派を超えた活動も活発に行えるという事で、元衆議院議員と元県知事のタッグに注目です。

■一方、自民党愛媛県連は、幹部2人が辞任する事態に…

永江さんに約9万票の大差を付けられ公認候補が敗れた自民党。
参院選直後から責任論が浮上し、自民党愛媛県連(以下県連)内では、対応を協議していました。
そして、7月30日、県連の合同議員総会の席上、敗戦の責任を取る形で、県連選挙対策委員長で常任副会長を務める井原巧前参議院議員と、選挙対策本部長で幹事長の戒能潤之介県議が、それぞれ常任副会長と幹事長の辞任を申し出て、了承されました。

※井原巧前参議院議員

※戒能潤之介県議
辞任の理由について、井原前参議院議員は「国家公安委員長などを務め選挙に携わることのできない山本順三県連会長からの委任を受け、自民党県選出国会議員の代表として、参院選に対応してきた中での敗戦で、その責任を取る」としています。
また、戒能県議は「現場を指揮してきた選対本部長、幹事長として、敗戦の責任は全て私にある」としています。
2人の後任はそれぞれ空席で、当面の間、幹事長代行の渡部浩県議が幹事長の職務を務めることになります。

※渡部浩幹事長代行

■組織再生へ「自民党愛媛県連再生会議」
敗戦を受け、幹部2人が辞任する事態となった自民党県連。
歴史的大敗とも言える今回の参院選を踏まえ、組織の再生を大きな目的とした「自民党愛媛県連再生会議(以下再生会議)」の設置を決めました。
設置の趣旨は、「参院選の敗戦を踏まえ、謙虚に検証、反省し、再構築を図り、以って責任政党として、県民の信頼を取り戻し、国政との連携を活かしながら、県政進展にさらに寄与できる県連の再生に取り組む」としています。

「再生会議」の座長には、渡部幹事長代行が就きました。
渡部座長は、早急に「再生会議」の初会合を開催したいとしていて、メンバーは、井原氏、戒能氏のほか、分裂状態にある自民党の県議会会派「志士の会」のメンバーを含め7、8名程度を想定しています。

■会派融和への足掛かりとなるか?
自民党県連では、ここ数年、人事などを巡り対立が続いていて、県議会会派分裂という形で顕在化しました。
参院選を戦う上での課題として、会派分裂問題が挙がっていましたが、会派分裂そのものが敗戦の直接的な原因だったのでしょうか?
選挙直後に戒能幹事長(当時)が「市町村合併に伴い県内70市町村が20市町に減少し、自民党の地方議員や首長も激減した。自民党と言うだけで当選するだろうという根拠のない安心感が蔓延していた」と、組織の在り方に危機感を示していました。
次の国政選挙、衆院選がいつ実施されるか分からない中、自民党県連の復活に向け、県議会会派の融和も含めた組織の再構築が急がれます。

記者プロフィール
この記事を書いた人
御手洗充雄

1976年松山市生まれ(現在43歳)、 1999年南海放送入社、2008年~報道部(愛媛県警記者クラブ、松山市政記者クラブ、番町クラブなどを歴任し、現在も記者として活動中)
約10年の行政記者経験を基に県政・市政ニュースを分かりやすくお伝えます。
 

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