第74回「イギリス人陶芸家×砥部焼 “唐草模様”に並ぶ“新デザイン”とは?」

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■イギリス人陶芸家“トム・ケンプ氏”

250年の歴史を誇り、国の伝統的工芸品にも指定されている砥部焼。
この砥部焼の産地、砥部町に1人のイギリス人陶芸家が訪れました。
そのイギリス人陶芸家の名は、トム・ケンプ氏。

毛先が四角の絵筆を使って描く「edged brush」(エッジド・ブラッシュ)というデザイン画技法の世界的第一人者でもあります。

■アーティスト・イン・レジデンス
トム氏が砥部焼の産地を訪れた理由は、滞在型創作活動「アーティスト・イン・レジデンス」に参加するため
2020年2月1日から2月28日まで砥部町に住み込み、砥部焼の制作など創作活動を行いました。

トム氏の創作活動は、愛媛県窯業技術センターを拠点に行われ、トム氏の陶芸・絵付け技術をひと目見ようと、多くの陶芸家や砥部町民などが見学に訪れました。

創作活動として、自ら素焼きした砥部焼に絵付けをするため、トム氏がブラシを握ると、作業スペースの雰囲気は一変。
一瞬のうちに静寂に包まれました。
そして、その静寂を破るようにトム氏のブラシが走り始めると、瞬く間に躍動感あふれるデザインが生み出されました。

■砥部焼の歴史

砥部焼の歴史について見てみます。
起源は“陶器”に始まり、これに次ぐ“磁器”の創業は、江戸時代の1777年(安永6年)。
その歴史は、250年に及びます。
清らかな白磁の肌に溶け込んだ藍色の絵模様や厚手の飾り気のない形と材質の硬さが特徴で、手づくりの味わいと実用的なデザインで、『暮らしの器』として広く愛されています。
この砥部焼、1976年に国の『伝統的工芸品』に指定されていますが、砥部町などによりますと、“磁器”として伝統的工芸品に指定されているのは、全国にわずか6つしかないということです。
また、1893年(明治26年)には、シカゴ世界博覧会で砥部焼の淡黄路の作品が1等賞に輝き、品のある色つやが当時のアメリカの上流階級に好まれていたということです。
さらに、大正時代には、道後温泉の土産品として重宝され、広く世界に流通していたそうです。
しかし、近年は、出荷額ベースで、バブル期の1990年の約20億円をピークに2015年には、約8.1億円にまで落ち込むなど減少の一途をたどっています。

■若手陶芸家との技術交流
世界的知名度や販売力不足など、砥部焼が直面する課題を解決するため、今回の滞在型芸術活動(アーティスト・イン・レジデンス)で実施されたのが、トム氏と砥部焼の若手陶芸家6人による技術交流です。

技術交流は、10回以上にわたり行われ、トム氏は、長い年月をかけて自ら編み出した「edged brush」技法を6人に惜しみなく伝えました。

この技術交流で、6人は、伝統的な模様「唐草模様」のような砥部焼の代名詞とも言える新しい「共通デザイン」の制作に挑戦しました。
そして、
誕生したのが、「ピーコック模様」と「山路模様」の2つの「新しい共通デザイン」です。

この「新しい共通デザイン」には、トム氏から伝授された「edged brush」技法が用いられてます。
トム氏がイギリスに帰国して約半年。
2020年7月31日に若手陶芸家たちは再び集まり、この2つの「新しい共通デザイン」を若手陶芸家がそれぞれの砥部焼作品に落とし込んだ第一弾の試作品を持ち寄りました。

この試作品からは、遠く離れた“イギリス”と“砥部”の融合を感じることができました。

■新型コロナの影響と世界発信
新型コロナウイルスは、砥部焼の郷にも暗い影を落としました。
毎年、春と夏に実施されている大規模な砥部焼イベントも今年は中止になってしまいました。

若手陶芸家にとって、こうしたイベントは大きな収入源でもあり、自身の作品を広くPRするための大切な場でもあったため、大きな痛手となりました。
こうしたコロナ禍の逆風の中にあって、若手陶芸家のメンバーが活路を見出したのがSNSなどを使った世界発信です。

6人の若手陶芸家のリーダー加藤雅巳さんは、得意の英語を交えながら自身の作品や作業工程を写真や動画を使ってSNSで紹介しています。

また、女性陶芸家の矢部沙耶花さんもインスタグラムを使って、自身の作品を紹介し、販売に繋げています。
ちなみにトム氏のインスタグラムのフォロワー数は、16万人を超えていて、そのアドバイスも活かしています。

“砥部焼の郷”にも例外なく大きな影響を与えた新型コロナウイルス。
その一方で、イギリス人陶芸家は、新たな風を吹き込みました。
若手陶芸家が開発した「新しい共通デザイン」を用いた新商品は、2021年3月末までに販売されることになっていて、250年を誇る砥部焼の長い歴史に新たな一歩が刻まれるその日が今から楽しみです。

※次回記事更新は、9月3日(木)を予定しています。

記者プロフィール
この記事を書いた人
御手洗充雄

1976年松山市生まれ。
1999年南海放送入社、2008年~報道部(記者として愛媛県警記者クラブ、松山市政記者クラブ、番町クラブなどを歴任し、現在はデスクとして活動中)
約10年の行政記者経験を基に県政・市政ニュースなどを分かりやすくお伝えます。

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