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藤田晴彦さん

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By南海放送

ラジオソムリエの白☆優です♪

 

ボーカリストであり ラジオプレゼンターでありコラムニストであり 色々な顔を持つ

藤田晴彦さん

 

「音楽は気候と正比例するんだよ」

 

その日のお天気じゃなくて 気候ですか?

 

「そう、気候」

 

優しい目をしながら 晴さんがそう教えてくれました。

 

 

 

晴彦さんとラジオとの出会いって?

 

「昔 ”中1時代”とか”中1コース”っていう みんなが購読している雑誌があって

年間予約をしたら 組立ラジオがついてくる!っていうのがあったんだよ。

本当に簡単に組み立てる 付録のラジオなんだけど

それでラジオを聴き始めたんだ。

知らない音楽がそのラジオから流れてきて

それまで大人のものだって思ってた遠い存在のラジオだったけど

ラジオが自分だけのものになった感じがしてね。嬉しくってね~。」

 

その頃聴いてた番組って覚えてますか?

 

「うん、もちろん。

”日立ミュージック・イン・ハイフォニック” 夜の10時ごろの音楽番組

渋い 男の人の声で。

あとは、今、南海放送社長の田中和彦さん”POPS ヒコヒコタイム”

谷村新司さんの”青春キャンパス”

”松沢はつみ 夜のバラード”とか」

 

はつみさんとは今 サタデーライブで共演されてますよね!

(*谷村新司さんとも自身の番組 親守歌を歌おう!(金)14:30~放送 で共演を果たしている)

 

「ドラえもんのタイムマシーンに乗って 中学生の自分に

今聴いているラジオの人たちと将来一緒に仕事するよ!!って

教えてあげても 絶対信じないと思う(笑)」

 

「小学生のころ 放送委員会に入っていて その代表で

南海放送に来たことがあってね」

 

道後の樋又にあった昔の社屋ですね

 

「そう、そこで 当時 田中和彦さんが

たぶん二日酔いだったんだと思うんだけど(笑)

”低気圧が近づいてきてるから アタマがいてえ~”って

言ってたのをすごく覚えてる(笑)」

 

子どもの頃ってそういうこと覚えてますよね(笑)

晴さんは最初からずっとミュージシャンを目指していたのですか?

 

「漫画家かラジオDJかスーパースターになりたいって言ってたの(笑)

中学2年生の時にギターを買って オリジナル曲なんかを作り始めてましたね。

音楽に関わる仕事をしたいなって思い始めたのはこのころ。

大学時代には音楽で生きて行こうって決めて

その時は本当に音楽を聞きまくりました。

食べるものを削ってでも おこずかい バイト代などは全部中古CD レンタルCDにつぎこんで、

オールジャンル、名盤と言われるものなんでも聞きまくり 自分の好きな音楽を追及し続けてました。」

 

大学時代 ロックバンドTHE COKESを結成 ボーカル リーダーを担当。

 

 

「20才の時 南海放送ラジオのDJをやらないかってお話しいただいて、

レンタルCDのTSUTAYAさんの番組”TSUTAYAレンタルベスト10”

僕が南海放送で初めて持ったレギュラー番組でした。

 

その頃、あらゆる 音楽のコンテストに出て

ついに大学4年生の時にTHE COKESは3000バンドの中で全国優勝!!

デビューが決まり 東京に行くことになった。

 

 

デビューまでの1年半 ソニーレコードあずかりで

研修生のようなかたちで プロモーションで全国を回りました。

そのとき、君 しゃべれるね トークいいねと(笑)

北海道文化放送や 熊本県民テレビでアーティストをお迎えするトーク番組の

レギュラー番組などもやらせてもらってました。

それまでテレビでみていたスター X JAPANとかレベッカ 尾崎豊さんなどが 普通に近くにいる環境でした。」

 

「俳優に転向する話もあって、

1994年映画”ラストソング”に

本木雅弘さん 安田成美さん 吉岡秀隆さんと一緒に出演しました。

 

 

 

 

ありがたい話だったのだけれど

役者は監督がオッケーと言ったらオッケーでしょ。

まだ自分はその場にいたいと思っても 自分の役の出番が終わって

クランクアップしたら花束もらって ありがとうございましたってなる。

それが、なんだか、自分の中で自分にはこれは違うなって

 

音楽は自分がプロデューサー

曲を作って送り出し演奏もする。

1から10まで自分でできる。

その感じがやっぱり自分にはしっくりくるなと。

あらためて思うと

この部分はラジオを似ている 収録編集 曲選び しゃべり すべて自分が関わることができる。

 

東京から愛媛に戻って1年目。

お昼12時から夕方5時まで、ひとりで生放送を南海放送ラジオで

”のってけ! ビッグセンチュリー”

本気でやってみろ 好きな曲をかけていいといわれ。やってました」

 

5時間ひとりでですか?!喋りも 選曲もひとりで?!

 

「そう。その頃の自分は 今思うと

スノッブだったいうか、東京から戻ってきて

愛媛に東京の音楽聞かせてやる!って変に

肩に力が入ってたところがあったのかもしれない。

でも、反応がない という時期が続いて。

車で松山~愛媛を回って

風景を見ながらここでかける音楽を研究しました。

みんなが聴きたい音楽はなんだろうと思いをめぐらせながら。

そんな風にしているうちに”いいね”とか”楽しみに聴いてるよ”とか

反応をいただくようになりました。

 

 

「音楽は気候と正比例するんだよ」

その日のお天気じゃなくて 気候ですか?

「そう、気候」

「愛媛には、愛媛の気候に似合う音楽がある。たとえば

西海岸のPOPな音楽 フォークロックがとてもよく合う。

時々、摩天楼の高層ビルを想像させる東海岸の曲もいいけど、やっぱり近い気候で生まれた

音楽がフィットする。」

 

”らしさ”を大事にすることの

大切さを晴さんは教えてくれました。

 

その時、肌で感じた感覚から目をそらさない生き方。

それが、愛媛のラジオシーンに欠かせない男 藤田晴彦さんなんだと 感じました。

 

☆藤田晴彦氏プロフィール☆

1967年愛媛県今治生まれ

元・THE COKES のボーカリスト

ラジオDJ コラムニスト等

北条市でカレー店”カルコバ”を経営

 

 

 

☆藤田晴彦氏出演南海放送ラジオ番組☆

・(土)13:00~16:00 晴彦・はつみのサタデーライブ

http://www.rnb.co.jp/radio/hh/

・(金)14:25~14:30 親守歌を歌おう!!~歌って出来る親孝行~

・(土)20:30~21:00俺の懐メロリクエスト

http://www.rnb.co.jp/radio/natsumero/

 

 

 

 

 

ラジオソムリエ 白☆優でした♪

 

 

 

 

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