今週、坂の上に訪ねて来て下さったのは、愛媛人物博物館の学芸員・冨吉将平さん。毎年5月に「鍵谷祭」が行われるのにちなんで、愛媛が誇る伝統工芸品「伊予かすり」を考案したとされる鍵谷カナの生涯について伺いました。そこには、ひたすら「夢」に向かって努力を続けた一人の女性の姿が…。


 

佐伯)藁葺き屋根の葺き替えの中で、縄の縛り跡のまだら模様がヒントになったっていうことなんですけれども、でも実際これを織物として具現化していくっていうのは色々ご苦労があったんじゃないでしょうか。

冨吉)そうですよね。まあまず見た目だけでいきなりそれがパッとひらめいて、いきなり模様になるとは思いがたいですからね。じゃまずはですね、そういう糸をどうやって作ったかというところなんですけれども、染める前の糸、真っ白ですよね。染める前の糸の束の所々を別の糸で縛っていったんです。どれぐらいの太さで縛ったのかとか、どれぐらいの本数で縛ったのかとか、多分色々工夫されたんだと思うんですけども、まずは他の糸で縛って染めてみたと。そしたらですね、ちゃんと縛った部分は染まらなかったんですね。だから色のついたところと白いところがまだら模様にできた。まずここまでは成功だったんですよね。この当時、染料に使っていたのは青草の汁っていうんですから、青草が何の種類かちょっと分からないんですけれども、何せ草の汁を使ったんですね。そうすると糸は淡い緑色、黄緑と言うか、そういう風な感じの色に染まって、とりあえずまずはそれでただ織ってみたんです。そうすると所々白いところができる、とりあえずまだら模様の絣ができた。これが本当に最初の伊予かすりの誕生なんですね。

佐伯)え~。じゃ、最初は藍色じゃなかったんですね、紺色っていうか。

冨吉)そうですね。だから本当、草の汁の色なんで、いわゆる萌黄色みたいなのとか。

佐伯)これ全然ちょっとイメージが違いますね。

冨吉)当時あとは何かお茶の葉を使ったりもしてたらしいですね。

佐伯)え、お茶で染めたらどうなるのかしら?

冨吉)う~ん、なんか茶色っぽくなりそうな感じがしますけどね。

佐伯)じゃあ染め方も色々と工夫をされて。

冨吉)そうですね。ただ、カナさんが求めた色っていうのはやっぱり今見てる伊予かすりの、ああいう色なんですね。深い濃い青を目指したわけなんです。そこに星空のような規則正しい白い文様ができないかと。それが最終目標だったんですね。なので、まあ色んな草を試したんですね。「あの草がいいよ」っていうのを聞くと、まずは試してみる。なんせ農家の仕事の合間を見つけては、色んな草を試して色んな色の模様を作ってるけどなかなかできなかったみたいなんですねえ。本当に数えきれない失敗の末に、ついに藍の葉。

佐伯)はい、出てきました。

冨吉)ついに藍の葉ですね。あの藍色に染まる藍の草ですね、あれを使って染めると深い海の色のような青に染めることをついに見つけたわけなんですよね。

佐伯)なるほど。なんかそうなると色んな草の汁を試して、研究者の域ですよね。

冨吉)そうですね。もう失敗を繰り返し失敗を繰り返し…今の商品開発に近いものだと思うんですけれども。

佐伯)本当に!

冨吉)やっと本当に深い青が出たと。そうやって見つけていったんですよね。

佐伯)大河ドラマで今年は渋沢栄一をやってまして、渋沢栄一の家はその藍を扱う、商うところっていうので、なかなかいい商売だったみたいで豊かなお家だったということは、藍自体もけっこう高級品だったんじゃないですか?

冨吉)そうじゃないんですかね。

佐伯)だから、なかなかそこに辿り着けなくって…。で、とうとう辿り着いた。

冨吉)やっと辿り着いたと。

佐伯)そうですか…。それで、染めました、まだらになる糸は出来ましたと。でも、これを模様にしていくっていうのが、また大変じゃないですか。

冨吉)そうですね、やはり適当に糸を結んで白いところを作ってただ織りあげても不規則な白い点々がまだらになるだけで。

佐伯)ですよね。

冨吉)今僕たちが知ってるような十字型になったりとか井桁にはならないですよね。だからこれも一生懸命考えるわけなんですね、「どうしたら規則正しくなるのか」と。で、横糸だけではなくて縦糸も染めてみようと。縦と横の糸を十字に組み合わせていきますので。で、縦と横の両方の糸を揃えて糸の白くなるところを決めなきゃダメなんだと。なんか今聞いたら「うん、当たり前だ」と思うんですけれども、やっぱり一生懸命やってる時っていうのは気が付かなかったっていうか。そこに気が付くわけなんですよね。で、結局は織り上がる布の幅をきっちり決めて、その両端からこことこことここって長さをきっちり決めて、糸を縛るところを決めると。で縦糸も同じような事をして、とにかく細かく定規で測って計算したわけなんですよね、長さを測って。

佐伯)でもでも、今でこそプログラミングかなんかしたら数値もパパッと計算されて出来るんでしょうけれど、ちょっとずれたらもう模様がおかしくなっちゃうわけでしょう?

冨吉)そういうわけなんですよね。

佐伯)だから染めるのもかなり細かな正確な作業だし、それを織り重ねていくのも細かな作業で、手作業ですもんね。

冨吉)手作業ですね。

佐伯)ここもなんか大変そう。

冨吉)カナさんは、一辺が30 センチぐらいの一尺のマスを作って、そこに糸を縛って行って、そうすると長さが均等になりますよね。正方形のマスをぐるりと糸を巻くと、長さがきっちりなるなと。そういうこともしながらですね、白くなるところに縛る糸をどこにつけるかということを計算して作ったわけなんですよね。

佐伯)めちゃくちゃ根気のいる作業ですよね。

冨吉)まあなんせ、そのように苦労して初めて出来上がった文様っていうのが白い小さな十字の形。これが初めての規則正しい文様。まさに深い濃い青に、ちっちゃな十字が規則正しく並ぶという。

佐伯)白で、夜空に浮かぶ星のように。そこまで辿り着くのに?

冨吉)約四十年。

佐伯)四十年!!四十年??ええ???

冨吉)ええ?ですよね。

佐伯)ですよね!

冨吉)二十歳ぐらいに最初に萌黄色のかすりが出来て、で四十年というかもう還暦。

佐伯)え~~~~~。当時の六十歳とか、かなりの御年配じゃないですか。

冨吉)そうですね、はい。

佐伯)よく諦めませんでしたね。

冨吉)そうですね。執念っていう言葉がいいのかどうかわからないんですけども、やっぱりその夢に向かって「なんとか作り上げたいんだ」っていう、本当に根気と執念と諦めない心というかですね。いや、すごいですよね。

 

 

 


[ Playlist ]
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Selected By Haruhiko Ohno


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