今週は「坂の上の雲ミュージアム」から生放送!「松山坊っちゃん会」会長で愛媛大学名誉教授の佐藤栄作さんをゲストに、「夏目漱石と松山」をテーマに非常に興味深いお話を伺いました。「松山坊っちゃん会」は夏目漱石を顕彰し研究する市民グループで、昭和37年発足。60年以上の歴史を誇り、現在も年4回の例会をはじめ、会報刊行、専門家の講演や月一回の読書会など精力的な活動が続けられています。漱石と松山の結びつきには、漱石の親友であった正岡子規との友情が深く関わっています。じつは小説「坊っちゃん」には、明確に「松山」とは記されていません。松山と思しき地方の中学校を舞台に物語が繰り広げられますが、はたして漱石は松山にどんな思いを抱いていたのでしょうか。小説の文章と実際の漱石とを対比してみると、意外な発見が。これを聞いてもう一度「坊っちゃん」を読み直すと、今までとは違う楽しみ方ができるはず!
※番組のトーク部分を、ラジコなどのポッドキャストでお楽しみいただけるようになりました!ぜひお聞きください。
佐伯)他にも松山に繋がるようなワードっていうのは出てきますか?
佐藤)そうですね、「マッチ箱のような汽車」っていうのがあってね、それは今復活させてますけれども
佐伯)「坊っちゃん列車」!
佐藤)ですね。これに書かれたから「坊っちゃん列車」って言われるようになるんですよね。
佐伯)はい。
佐藤)それから方言の「何とかぞなもし」「なもし」っていうのがたくさん使われてますね。これがどう考えても間違いない。それから釣りに行って、そこがちょうど「ターナーの絵みたい」って、それは正式には四十島というところです。「坊っちゃん」の中では「青島」っていう名前になってますけれども、もう皆さん今「あ、ターナー島!」って。
佐伯)はい、「ターナー島」で親しまれてますよね。
佐藤)それから団子も食ってましてね、それを生徒に見つかって黒板に書かれるんですけれども、その時がもとになって、今と団子のあれはちょっと違うんですけれども「坊ちゃん団子」ってのはね、名物になってますね。
佐伯)ということで、なんかこの小説のおかげでいろんな名物もできてしまっているという松山なんですが、出てくる人物も非常に「キャラが濃い」と。ま、今時で言うとね(笑)本当、個性豊かな面々ですよね。
佐藤)そうですね。よく勘違いされるのは、漱石は英語の先生で、坊っちゃんは数学の先生ですね。それから嫌な赤シャツですけれども、赤シャツだけは帝大を出てるから「帝国文学」っていう赤い雑誌を持ってるわけですが、漱石自身が後で書いているように、当時、帝大を出ているのは自分なんだから、まあ言ったら自分が赤シャツってことになるねと書いてることもありますね。
佐伯)ああ、じゃあその辺ちょっと混同してる方は多いかもしれませんね。
佐藤)それからやっぱり面白いのは、元々発表されたのが「ホトトギス」(※松山で創刊された雑誌)ですから、その「ホトトギス」のコアな人たちが読むと、すごく受けるということが出てくるんですね。
佐伯)と、言いますと?
佐藤)一つは、俳句を赤シャツがちょっと勧めるんですね、坊ちゃんに。
佐伯)はい。
佐藤)すると「とんでもない!」っていうふうに坊っちゃんは断るわけ。
佐伯)ほう。
佐藤)それは、漱石は俳句が大好きで俳句を作ってたわけですから、これは「何言ってんだよ」っていうふうになりますよね。
佐伯)あ~。「あんた俳句好きなくせに、なんで主人公に「とんでもない」って言わせてるんだ」って。
佐藤)これは面白いことですよね。「こいつは大変だと思って、俳句はやりません。さようなら」と書いて、「数学の先生が朝顔やに釣瓶を取られて堪るものか」っていう、その有名な加賀千代女の俳句をそこに入れながら帰ってるんですが、「朝顔につるべ取られてもらひ水」っていうね、こういうのも漱石はよくその辺はわかっていて面白く書いてるんですね。それからもう一つは謡が出てくるんですね。下宿のじいさんがですね、夜な夜なこの謡をやるんですが、それが下手でですね、「夜になると変な声を出して謡をうたふには閉口する」と。
佐伯)謡って、お能の…
佐藤)そうです。
佐伯)あの、皆さんによく想像していただけるのは「イヨ~」っていうような(笑)夜な夜なそれが聞こえてきていたと。
佐藤)能の舞う人と歌う人の謡、あれを謡と言うんですけれど、実はこれは漱石が調子が悪くなって「文章書きませんか」って虚子に言われたときに、もう一つ好きだったものが謡なんですね。
佐伯)へ~!
佐藤)で、虚子に言って、その謡の先生、宝生さんについたりしてやってるんですが、どうもあんまり上手ではなかったみたいで。
佐伯)そうなんですか(笑)え~、でも習った!
佐藤)だから自分が好きでやってて、でもあんまり上手くない。それをこんなふうに書いたんですね。下宿のじいさんがやって、それが下手だってね。だからこれは読んだ人間は、漱石のことを知ってる人間はもう大笑いでしょうね。おかしなことを書くなと。
佐伯)あんたのことでしょ、みたいな(笑)いや、よくですね、私県外の方に「『坊っちゃん』って、あんなに松山を貶しているのに、どうして松山の人はありがたがっているんだ」っていうふうに言われるんですけれども、そう考えてみると、結構なんか裏返し的な、本当は俳句大好きだけど、主人公には俳句なんてまっぴらだって言わせていたりだとか、謡を自分は習いに行ってるほどなのに、登場人物がすごく下手くそで参ったなんて書いてるっていう、ちょっと天の邪鬼な感じで書いてるという。
佐藤)そうですね。実際に本当に「不浄の地を離れる」とまで書いてます。
佐伯)松山から帰るとき。
佐藤)でもそれはさっき言ったように、子規にもうそういうことを言ってるんですね。「君のところの故郷ってのは…」って言ってる。それから子規に対して「来い」って言ってるのに、後で勝手に来たみたいなことを。
佐伯)ああ、転がり込んできたみたいに。
佐藤)だからそういう、なんていうのかな、思ったことをそのまま書いたりするのは面白くないし、特にその子規との関係だと、人の為になることや正義を言ったっていうのを、そういうことをそのまま言うのは野暮だと。江戸っ子としてはそれは粋じゃないと。だからそういうことは言わないと。だからそういうふうに少しこう、さっきおっしゃった天の邪鬼みたいなところがね、漱石にはあるんだと思いますね。そんなふうに考えたら、松山のこと悪く言っても「ああ、いつものあれか」っていう、漱石流のあれだなっていうふうにとれるんじゃないかと思うんですけどね。
佐伯)じゃ、わかる人が読むと「これは愛情の裏返しなんだな」って。
佐藤)実際に、だって松山に子規、虚子がいなければ、漱石自身が成り立ってないわけですから。
佐伯)文豪・漱石は…
二人)生まれない!
佐伯)そうですか、そう思ってぜひ皆さん、改めて「坊っちゃん」を読んでいただければと思います。
[ Playlist ]
Oasis – Songbird
Linda Lewis – Old Smokey
Roy Ayers – Love From The Sun
The Little Willies – Roll On
Selected By Haruhiko Ohno