ゲスト:作家の青山淳平さん
今週、坂の上に訪ねて来てくださったのは、作家の青山淳平さん。郷土の偉人について様々な著作のある青山さんが、新春に紹介してくださったのは「新田長次郎」。日本を代表する事業家で、松山大学創立に尽力した一人。そして、「坂の上の雲」の主人公の一人・秋山好古の親友でもあった人物です。その高潔な人柄を表すエピソードの数々を、披露してくださいました。
佐伯)好古との交流、そして誓い合った思いというのもある一方で、新田長次郎が残した「三実」っていう…
青山)そうですね、松山大学の校訓になってますね。私も大好きな松山大学出身ですけども、「真実」、「実用」、「忠実」、この三つですね。
佐伯)これをいつも心がけていたと。
青山)そうですね、こうあるべきだと。これは事業家としても、人間の生き方・あり方としても、こうあるべきだと。そのように生きてきた人ですね。
佐伯)ここにその言葉があるんですが、「発明や改良は物事の“真実”を求める気持ちでやれ、と言うとります。」
青山)この「真実」っていうのが、真理とか、あるいは原理原則とか、科学的な意味でもありますね。
佐伯)「そして何よりも、発明や改良は製品の“実用”性を高めるものでなければならんと自戒しております。」
青山)これはまあその通りですね。役に立たないものは作ってもしょうがないですから。
佐伯)「さらに仕事や事業の使命に“忠実”であることがとても大事やと思っております。」
青山)そうですね、ただ言われたままではいけません。その「忠実」っていうのは、深い(・・)意味(・・)で忠実でなければいけないと、こういうことですね。
佐伯)自身がそれを貫いただけではなくて、従業員であったり家族であったりにもこういうことを広めていった…
青山)そうだね。新田長次郎という人の偉いところっていうのは、まず一つは裏も表もない、その通りであると。で、さらにそれを啓発するっていうか啓蒙するというか、人に大きく与えていく。で、それを実践していくっていうこと。たとえば、私はニッタ株式会社(長次郎が起こした会社)を取材した時にですね、人事部長に会って「ニッタとして一番自慢することは、どんなことですか?」って聞いたら、「いやそれはね、青山さん。今までずっと、明治18年に作られた会社ですけども、今日まで一人も解雇者、クビにした人いませんよ。」と。
佐伯)一人も!?
青山)一人もです。「それはもうニッタの誇るべきことだ」と。「うちの会社の方針なんです。新田長次郎の遺訓です。うちの社風です。」と。「しかし問題のあるようなこともあるんじゃないですか」と尋ねると、「問題になるようなことが起きたら、必ずチームがあって、チームでその子を導いていく、正していく。絶対に辞めさせないということを貫いてきたんだ。」と。
佐伯)青山さんの書かれた「明治の空」という本の中にも、そのような場面が出てきますでしょう?ちょっと問題のある者が出てもチームで解決してという。とても家族的な会社であるという。
青山)家族主義的な会社ですね。
佐伯)というところが出てきますけれども、それが今日に至るまで受け継がれている。
青山)そうですね。少し具体的に言うとね、皮革業っていうのは当時儲かっていくんだけどね、ニッタという会社は当時、大正時代、明治も含めてね、一番給料の高い会社、大阪で。その次に、福利厚生がダントツだった。工場の中に図書館もあるし、それから今日でいう公園のような施設もあるし、それから夜学っていうかね、夜勉強できるように。ニッタのその頃の社員を見ると、けっこう学生服着てる工員さんが多いんですよ。どんどんどんどん勉強させに、夜の学校に遣らせてるわけです。勉強をよくすることも勧める、そういう会社だったんですね。退職金もいいし、もし何かでご主人が亡くなった場合は最後まで面倒を見ましょうと、そういう会社。だから就職するの大変だったと思いますよ。
佐伯)人気がある。
青山)大変な人気企業で。
佐伯)そういったところからも、長次郎は自分の財産を増やすのではなくて、儲けたところを支え頑張ってくれた従業員に…
青山)まずは従業員に返していきましょうって、社会に返していきましょうって。社会に返すっていう意味で言えば、第一次世界対戦の時に、これはもう日本はみんなも知ってるように大戦景気でね、儲かって儲かってもう本当に大変な財産を成すんですが、新田長次郎のところに、同じ皮革業の工場あるいは会社の人たちがやってくるんですね。確かにね、だいぶん皮なめしの原材料が高くなるわけ、牛の皮が。だから、それに合わせて値上げをしてくれと、こう言うわけです。すると長次郎は、もちろんたくさん何年分と材料を買ってるから値上げする必要はないんだけども、それよりもまして、もう既に値上げしてあるから必要ないじゃないかと。そしたら大阪の商人は「それは違うよ」と。我々はみんなでお互いに工場やって繁栄してるんだから、是非いうこと聞いて、みんなで(値上げを)やりましょうや」と、こういう話になるんだけど、「いや違う」と。「本当にみんなのためになるには、むしろ値下げをしてね、そしてみんなに安く原材料の皮を供給することで社会に貢献する方が本筋だ」と、こうしてみんなを逆に説得してしまう。従業員も「値上げしてくれれば、あるいはもっと大量生産すればどんどん儲かるのに、何故やらないんだ」と言うと、長次郎は「そういうために会社はあるんじゃないよ。あくまでも社会に貢献するためにあるんだ」ということで、そういうことをしなかった人です。これは有名なエピソードですね。
[ Playlist ]
The Rolling Stones – As Tears Go By
Prince – I Wanna Be Your Lover
The Stolen Sweets – When I Take My Sugar to Tea
The Style Council – Headstart For Happiness
Norah Jones – Once I Had A Laugh
Selected By Haruhiko Ohno