今週、坂の上に訪ねてきてくださったのは、松山市民劇場事務局長の久野はすみさん。砥部町出身で明治から昭和にかけて活躍した俳優・井上正夫について紹介していただきました。山本有三や吉井勇、伊藤深水ら文化人とも交流があり、その誠実な人柄そのままに演劇に打ち込んだ井上正夫のイズムは、今も劇団文化座として受け継がれています。今回は、「セリフ無しの初舞台」「伊予訛り」「人を育てる」という3つのキーワードで井上正雄の足跡を紐解きます。彼を名優たらしめたものの一つが、ふるさと愛媛にもとづくもので…。
※番組のトーク部分を、ラジコなどのポッドキャストでお楽しみいただけるようになりました!ぜひお聞きください。
佐伯)では、二つ目のキーワードです。「伊予訛り」いうことですが、ここにはどんな意味があるんでしょうか?
久野)はい。先ほどの「敷島義団」から他の劇団なども経験をして、6年間役者として全国を回りました。これは、ちょっとね言葉悪いですけどドサ回りというふうによく言われますが。そして23歳のときですね、芸を磨くために、いよいよ上京します。そして月給30円で舞台に立ちます。「真砂座」というところで、活躍するようになりました。そこで、それまでの経験を生かして、みるみる人気俳優になっていくのですが…
佐伯)が?
久野)ちょっと一つだけ問題が。
佐伯)はい。
久野)「伊予訛り」が消えなかったんです。
佐伯)はぁ。なんで、だろう?難しかったんですかね?
久野)なんでですかねぇ。
佐伯)俳優さんになるくらいだから器用にね、できそうな…
久野)できそうなんですけど。
佐伯)ふるさとの言葉が抜けきらない。
久野)はい、そうなんです。これがですね、苦労したそうです。学校に通ったりですね、もちろん国語の勉強ですよ。もうなんか、学校の勉強をやり直そうと。またこれが面白いんですけど、蓄音機を購入してですね、自分の声を録音して直す。
佐伯)へ~!
久野)でも、直せない。
佐伯)なんで?
久野)なんでですかね(笑)
佐伯)はい、でもすごく熱心にね、直そうとされたんですね。
久野)でもそれがね、これは本当不思議なんですけど、逆に正夫の価値を高めることになっていくんです。
佐伯)伊予訛りが?
久野)はい。
佐伯)へえ~。
久野)周囲はですね、この井上正夫の訛りをどう評価したか。
佐伯)はい。
久野)「正夫の訛りは生きている。」「正夫の訛りは、鉛…あの金属の鉛とかけて、正夫の訛りは鉛ではなく、金だ」
佐伯)ゴールドだと!
久野)ゴールドだと。
佐伯)はい。
久野)「訛りが強すぎる。しかし、訛りを抜くと、せっかくの芸が軽くなる。」
佐伯)へえ~!じゃあ、もうそれが井上正夫のブランディングっていうか…
久野)そうですね。
佐伯)個性として受け止められたんですね。
久野)そうですね。その、なんか唯一無二の言い回しというふうに受け止められていきます。それをカバーするために努力したというのも、井上正夫を名優たらしめたことかもしれません、扮装にこりました。
佐伯)扮装?
久野)役に合わせて、姿形を変えるんですね。
佐伯)その衣装とかじゃなくて?
久野)はい。髪の毛とかですね、カツラを使ったりいろいろする人がいるんですけど、そういうところにこだわるんですね。本当にその風貌を変える。例えばなんですけど、最初に入った劇団「敷島義団」では、その師匠のために自分の髪の毛を抜いて、付け髭を作ったというエピソードがあるそうです。
佐伯)え?お師匠さんが付ける付け髭を自分の髪で作ったんですか?
久野)抜いて(笑)
佐伯)え~!
久野)それも生え際の毛を抜いて!ちょっとなんか今では普通にカツラがいっぱいありますから考えられないエピソードなんですけど、当時はまたそういったものがまだあんまり発達してない頃なので、どうにか工夫をしようとして。今でもね、よくあの俳優さんで激太りしたり激痩せたりするじゃないですか。
佐伯)はいはい、ありますね、歯を抜いちゃったとかね。
久野)そうそう。
佐伯)聞きますけど…
久野)そういう感じの埋め合わせをしていったんだと思います。
佐伯)でもそれ、自分の役作りじゃなくてお師匠さんがつける付け髭なんでしょ。
久野)自分のときもひどくてですね、ひどいっていうのもあれですね、ロシア人の将校を演じたときに、「ロシア人らしくするためには赤毛だ」って言うんでね、それはわかりますよ。染めたりとか今みたいにできるわけじゃないので、なんと自分を一旦丸坊主にして、赤い犬の毛をですね、ニスで、貼り付けたんですね。
佐伯)頭に?
久野)そう(笑)
佐伯)ええっ!!
久野)で、かぶれちゃって大変だったらしいですよ(笑)
佐伯)そりゃそうですよね!頭にニスを塗って犬の毛を貼り付けた。
久野)はい。
佐伯)もう…めちゃくちゃ!でもそれぐらい、もう本気なんですね、なんでもね。
久野)真面目なんでしょうかね。今だからこれちょっと笑えるエピソードみたいに今言っちゃったんですけど、やっぱり「どうにかしていいものを作りたい」という気持ちの表れ、役者としてもお芝居全体としても良いものを作りたい、そのためにも様々な工夫をしてみるっていう井上正夫の柔軟さというかね、精神が表れたエピソードだと思います。
佐伯)こだわりですよね。
久野)こだわりですね。
佐伯)すいません、笑ってしまって。
久野)いやいや、私も笑いました(笑)
[ Playlist ]
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Selected By Haruhiko Ohno