今週、坂の上に訪ねてきてくださったのは、文化事業団体「瀬戸をわたる風」事務局長の穂積薫さん。近畿日本鉄道の社長・会長を歴任し、近鉄「中興の祖」と呼ばれる西条市出身の佐伯勇についてお話頂きました。佐伯アナウンサーは「さいき」、佐伯勇は「さえき」と発音しますが、佐伯勇の正しい表記は「さへき」だそうで、まずその表記にビックリ!中学時代に松山中学から滋賀へ転校し、それ以降県外で活躍したからか、功績の割に愛媛での知名度がさほど高くないのが惜しい…ということで今回は「近鉄一筋、初の生え抜き社長」「独裁すれども独断せず」「佐伯オーナーが守ってくれた」という3つのキーワードで、その功績をたっぷり語って頂きました。中でも昭和34年の伊勢湾台風の際、出張先のローマから急きょ帰国した佐伯勇の驚きのエピソードとは…


佐伯)本業である鉄道の設備自体も大打撃を受けている中ですよね。もちろん鉄道の復旧というのも大変じゃないですか…

穂積) 被害状況をですね、帰国してすぐ現場に直行した勇がですね、氾濫をした木曽川に残っていた近鉄の鉄橋を見てですね、一大決心をします。今こそゲージ=線路の幅ですね、 これの統一をするんだということを決断します。

佐伯)普通思うのは「それを見て呆然とした…」というような情景を思い浮かべてしまうんですが、そのポツンと残った鉄橋を見て、「これはゲージを今こそ統一だ」という風に…。やっぱり違いますね。

穂積)そうですね、「災い転じて福となす」…さすがだと思います。で、ゲージっていうのは線路の幅、電車の車輪の幅ですけれども、先ほども申し上げました近鉄というのは色んな会社が合併して出来たので、それぞれ違う線路の幅を持っていたんですけれども、それがネックとなって大阪と名古屋の直通列車が走れなかったんですが、もうここでやるという形でですね。大阪から伊勢中川というところまでは幅の広い標準軌という線路の幅。伊勢中川から名古屋までは幅の狭い侠軌という幅だったんですけれども、もう復旧と合わせてこの線路の幅の架け替え工事を進めたということです。

佐伯)だけど進めていくっていっても、大変な事業ですよね。

穂積)そうですよね、資金ですとか資材ですとかね、これだけ25億の被害がある中で、人材もかき集めないといけないという形でですね、もうまさに近鉄史に残る一大転機という風に、今でもこれは言われています。

佐伯)じゃあ、その転機を与えてくれたっていうか、残っていた鉄橋っていうのは大きな役割を果たしましたね。

穂積)そうですね。この鉄橋がまた奇跡的なのが、伊勢湾台風が来る前日に、その鉄橋の工事が完成してたと。

佐伯)え~!そんなことあります?

穂積)そんなことあるんですね。だから佐伯勇もですね、もしこれが完成していなかったら、やっぱりその氾濫、高潮で鉄橋はやられていただろう。でも前日に完成していたから、そのまま残ってくれたと。

佐伯)まさに奇跡の鉄橋!

穂積)やはり強運の持ち主なのかもしれませんね。

佐伯)確かに。ただ、それを見て佐伯勇は「ゲージの統一だ!」って決心したということですが、周りの反応っていうのはどうだったんですか?

穂積)そうですよね、被害状況を一緒に確認していた重役はですね、佐伯勇の決意にまずは「ええ!?」と思ったでしょうね。

佐伯)ですよね。

穂積)復旧工事だけでも大変なことなのに、それと併せて機関のゲージの統一までやるのかという思いだったと思います。

佐伯)それをどう説得していったんですか?

穂積)ここが佐伯勇の経営者として素晴らしいところかもしれませんけれども、自分からこういうプランを出しただけではですね、社員たちはついて来れないだろうと。役員もついて来れないだろうと。そういうことを多分見越してたんじゃないかと。で、自分も社員たちと一緒に調査をして汗をかいて、会社全体の士気を上げてですね、そっから決断の実行にうつしたと。

佐伯)経営者も自ら汗をかいた。

穂積)そういうことですよね。やっぱり現場に足を運んで社員たちと一緒に確認をしてですね、 それでやるのかやらないのかとね。出来ない言い訳はいらんと、どうやったら出来るかということを、そういった話を持ってこいという形でですね、なんと一週間でアイデアを出せと。

佐伯)一週間!

穂積)出来ないなら俺がやる、とまで言ってですね。まあ民主主義の多数決、戦後の時代ですからね、民主主義の時代ですけれども、それはもう責任逃れの方便であって、社長たるものは時には独断専行も必要なんだという風な趣旨のことを言ったらしいですね。

佐伯)へ~。それが「独裁すれども独断せず」ということですか?

穂積)はい、そういうことだと思います。

佐伯)は~。まぁ「暴れん坊」の異名をとったというね、その一面も伺わせるエピソードですけれども、その復旧工事とゲージの統一、両輪はうまくいったんでしょうか?

穂積)伊勢湾台風の大きな被害を受けたにもかかわらずですね、なんと工事自体はですね、およそ2ヶ月で完成させてしまったと。

佐伯)2か月で!?

穂積)復旧からそのゲージの統一までですね。

佐伯)いや~、すごいですね。

穂積)それでですね、2ヶ月後には大阪から名古屋までの直通の特急電車を走らせることが実現できたと。

佐伯)たった2か月で…

穂積)すごいですよね。佐伯勇の言葉にですね、決断を下す場合には、私はあらゆる知恵を集めるんだと。調査研究に十分な時間とお金をかけるんだと。でも、これは言うまでもないことですけれども、社内の衆知=人の知恵をね、たくさん集めるためには、階級差、それから衣冠束帯といったものを私はまったく問わないんだ」という言葉を言っています。

佐伯)衣冠束帯?

穂積)平安時代に生まれた公家の服装ですとか階級に応じた色や服、冠といったものを区別して身に着ける言葉ですね。

佐伯)だから、独裁はするけど、独断=ひとりで決めるわけじゃないっていうところ、この違いなんですね。

穂積)社員の知恵を集めるんだということですね。

 

 


[ Playlist ]
The Pretenders – Brass In Pocket
Tracey Thorn – Femme Fatale
Jocelyn Brown – Daydreaming
Anita O’Day – You Turned The Tables On Me

Selected By Haruhiko Ohno


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