今週は、「坂の上の雲ミュージアム」特設ブースからの生放送!
2月20日に始まったばかりの第17回企画展テーマ展示「『坂の上の雲』にみる明治の最先端-近代化への道-」の見どころを、学芸員の西松陽介さんに伺いました。今回は「列島をかける情報」「時代を切り拓くみち」「モノづくりの現場」という3つのメインコーナーが設けられていて、小説『坂の上の雲』の場面を通して、色々な“明治日本”の最先端の科学技術を知ることができます。その中には、天気予報についての展示もあるんです。


佐伯)さあここからは明治時代の天気予報についてということなんですが、さっきも私、天気予報見たんですけれども今ではもちろん当たり前、ただ明治時代の天気予報っていうのはどういう形で行われていたのかなって、ちょっと想像できないんですけれども。これも当時は、やっぱり最先端の技術だったってことですよね。

西松)そうですね。明治に入る前の江戸時代までは、雲や風向きなどを目で見たり体で感じて、そういった天気の良し悪しを判断するというのが天気予報の主な手段でした。

佐伯)まぁなんか、それまでの経験をいかして、「西の空がこうだったら、これから天気がこうなるぞ」みたいな感じの予報だったんでしょうね。

西松)そうですね。必ずしもそれが絶対に外れるというものではなくて、経験に基づいているのである程度もちろん当たる時もあったとは思うんですけど、そういった科学技術というよりかは経験則的なところで天気予報をするというのが一般的な手段だったんですけれども。明治時代に入りまして、西洋諸国の気象観測の機器をですね、受け入れて使用するようになったことで、気象状況っていうのを今みたいに数値化して客観的に捉えるというふうなことができるようになっていきます。

佐伯)まさに科学的に捉えるように変わるというところ。

西松)科学技術を利用して天気を予報していく。今回の展示でも「気象を科学する」みたいな言葉をタイトルにつけさせて頂いてるんですけど、そういうふうな形で、やり方がですね、大きく変わると。

佐伯)ですね。

西松)また、いま私たちが天気予報を見る時にはよく見るものだと思うんですけど、天気図の作成も明治16年から始まりまして、そういった天気図が作成されていくことで、膨大な情報というのが蓄積されていく。その天気図であったり、あとはその天気図を作成するための色々な情報ですね、数値化された情報を用いて、また気象学という専門的な学問を学んだですね、 予報をする人々=予報官がその知識と経験を生かして天気予報を行っていくという、そういう体制が築かれていきました。

佐伯)だけどもう明治16年から天気図の作成っていうのが始まってたっていうのは、ちょっと意外な感じがしますね、進んでる!だから天気予報も新しい科学技術であったということなんですね。

西松)そうですね。今回の展示では、明治時代に入って西洋から授与して使用が始まりました、観測するための日照計であったり気圧計などの気象観測機器を展示しています。

佐伯)これ見てきたんですけど、ものすごく興味深かったです!今おっしゃった日照計。ちょっとラジオをお聞きの方に想像していただきたいんですけど、どう言ったら分かりやすいでしょうか…あの占いに使う水晶玉みたいな(笑)

西松)そうですね、ガラス玉といいますか、大きい(笑)

佐伯)みたいなものが、あれが日照計。

西松)そうですね、ちょっとなかなか伝わらないかもしれないんですけど、そのガラスのレンズがあって、その下に測るための紙をですね、計測紙を置いて、そのレンズで光を集めて紙を焦がすことで日照量というのをどうも測っていたということで。そういった実際に今展示している資料も、明治時代に気象観測で使用されていた大変貴重な資料で、この他にも気圧計であったり寒暖計、温度計ですね、あと風速計といった…

佐伯)あ、風速計も見たんですけど、今も気象台あたりとか学校のどこかにありそうな…

西松)本当に見た感じ、今でもよく見るような。

佐伯)あの球体を半分にカットしたのが並んでて、風を受けたら回る、みたいな感じですよね。

西松)なので意外と…何と言うんでしょうか、最先端な科学技術なんですけど、見るとけっこうシンプルな。

佐伯)確かに!

西松)こういうものを今まで使用していなかった日本の人々が、明治時代にこういったものを使用して気象予報をしていったというですね、そういうふうな当時の最先端の科学技術が今にも通じているようなですね、そういったところを展示を見ていただいて感じていただけるとすごくいいのかなというふうに思っております。

佐伯)実際に明治時代に使われていたものですからね。本当に貴重なものだと思います。それから西松さん、「坂の上の雲」で天気と言ったらアレを思い出す人、多いと思うんですけれども。「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」。本当に名文と言われている、真之さんの文章。

西松)そうですね、秋山真之のとても有名な一文ですので、こういったお話をしてると思い浮かぶ方も非常に多いのではないかと思うんですが…

佐伯)もう日本海海戦でバルチック艦隊をまさに迎え撃つっていう時の電文ですもんね。

西松)はい、この「天気晴朗ナレドモ波高シ」という文章には、その元になった天気予報を行った岡田武松という気象学者がいるのですけれども、今回の展示では、この岡田武松について関連する諸作品であったりですね、伝記であったりという資料も展示をしています。真之の文章が誕生した、その背景を展示の中で見ていただければと思っております。

佐伯)ですからまぁ、当時の最先端技術で岡田武松さんの予報が見事に当たったってことですよね。

西松)そうですね、連日、毎日この岡田武松が中央気象台で天気予報をして、天気予報の文章を真之のいるところに送っているんですけれども、まさにそれが的中をしているということですね。

佐伯)国の命運を分ける日本海海戦の「だから日本は有利に行けるんだ」っていう、鼓舞するようなところに繋がった、その予報ですからね。

西松)そうですね、すごいプレッシャーだったとは思いますけれども(笑)

佐伯)いや、そうですよね。「良かった~」と思ったのか、「よっしゃ~!」と思ったのか(笑)。展示物の中に、この岡田武松予報官のイラストがチラっとあるのを私見たんですが、額がちょっと広くて、眼鏡かけてて、そのイラストでは蝶ネクタイを締めていて、とっても細かい分析得意そうだなっていう人物だったんですけど(笑)、ぜひこの岡田武松さんに関する展示もね、楽しんでいただけたらと思います。

 


[ Playlist ]
José Feliciano – Wild World
Richard natto – Bish’s Hideaway
Chet Baker – That Old Feeling
Acid House Kings – Would you say stop
Swing Out Sister – Breakout

Selected By Haruhiko Ohno


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