今週、坂の上に訪ねてきてくださったのは、大洲・喜多経済研究会代表幹事の篠崎守良さん。同会が創立30周年記念事業として実施するのが、大洲市出身の蘭学者で教育者でもあった武田斐三郎の顕彰です。斐三郎の業績としてまず挙げられるのは、函館にある五稜郭の設計、建設に携わったこと。函館では、土方歳三や榎本武揚、ペリーなど教科書に登場する偉人たちと並び称されるほどの知名度ですが、愛媛ではまだまだ知られていません。研究会では斐三郎の功績を広く知ってもらおうと、生誕地に設置するプレートを大洲市に贈り、贈呈式には函館市の教育長も参加するなど、斐三郎を通じた両市の交流発展も期待されています。今回は「ペリー来航が運命を変える」「北の防衛を担う」「外国からの侵略ではなく内戦で…」というキーワードで、武田斐三郎を掘り下げました。


佐伯)篠崎さんは、この武田斐三郎をどんな風にご覧になってますか?

篠崎)斐三郎さんは非常に学識の高い方ではありましたけれども、陽気な方だったという風に聞いております。

佐伯)あ、そうなんですね。

篠崎)はい。陽気な性格を伝えるエピソードがありまして、函館丸で土佐に航海した時、海が時化たそうです。船頭から「金毘羅様に祈願するため、髷を切るように」と頼まれた時に、「武士は髷は切らん。その代わり酒を断とうわい」と約束したということです。やがて嵐が収まると、佐渡の港に入って皆で大宴会を行い…

佐伯)あれ?!

篠崎)たくさんお酒を飲んだということで、それを見た船頭から「罰が当たりますよ」と言われたそうで、それに対して斐三郎は「海で誓ったことじゃけん、陸では飲んでもええのよ」と答えたというエピソードが残っております。

佐伯)そうなんですね(笑)。でも、その機転の利いた返しっていうのが、さすが頭の切れる人だなっていう感じもしますよね。

篠崎)はい、お酒は好きだったということで聞いております。

佐伯)そうですか。

篠崎)また、亡くなった時のエピソードがありまして。53歳で亡くなったんですけれども、当時、 勝海舟という方が「江戸幕府は後世のために素晴らしいものをいくつか残しているが、この時代に輩出した真の優秀な人材は、わずかに指を折って数えるにすぎない。その中でも武田斐三郎は、終始一貫して優れた人物であり、我が国科学技術の先駆者として万能の逸材であった。しかし、世間の人々がそれを知らないことは実に惜しいことである。」と、その死を惜しんだというエピソードが残っております。

佐伯)あの勝海舟にそこまで言わしめたという…

篠崎)そうですね。

佐伯)やっぱり凄い人物ですね。勝海舟が、その時点でもおっしゃってますけど、世間の人々がそれほど知らないというところ、愛媛ではね。

篠崎)そうなんですね。

佐伯)これは実に惜しいことですね。

篠崎)そうです、惜しいことだと思います。

 

 


[ Playlist ]
Jon Lucien – The Pleasure Of Your Garden
Belle & Sebastian – There’s Too Much Love
Norah Jones – Toes
The Heptones – Ob-La-Di, Ob-La-Da
Sandra Cross With Alan Weekes – Moon River

Selected By Haruhiko Ohno


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