今週、坂の上に訪ねてきてくださったのは、愛媛人物博物館専門学芸員の冨吉将平さん。明治から昭和にかけて活躍した社会事業家・城ノブについてお話を伺いました。明治5年に現在の東温市に生まれ、のちに洗礼を受けて伝道のため全国を奔走。貧困などに苦しむ女性たちを救うため、個人事業として日本初の女性救済施設「神戸婦人同情会」を創立するなど、女性の救済に人生を捧げ「愛媛のマザーテレサ」と称される人物です。今回は「親子の縁を切られても」「一寸まて。神は愛なり」「女性の地位向上のために」とうキーワードで、城ノブの功績を深掘りして頂きました。


佐伯)「一寸まて。神は愛なり」という2つ目のキーワードですが、これはどんな状況で生まれた言葉なんでしょうか?

冨吉)「神戸婦人同情会」が設立されて、まあ事業も軌道に乗りつつはあったんですけれども、第一次世界対戦後の不況っていうのはまだ続いてはいて。で、また農村の方は、冷害もあったりとかして、とにかく世の中が疲弊してたんですね。都市部にも失業者が溢れていて、なんせ自殺者が減らなかったんです。「いかにして自殺を未然に思いとどまらせることができるか」、これをまあ悩みに悩んだわけなんですね。そんな時にたまたま大阪毎日新聞の記者が訪ねてきたので、ちょっと相談してみた。「どうすりゃいいやろか」と。そしたら「一寸まて。神は愛なり」の言葉を使って、その看板を立てたらどうかということになって、列車への飛び込み自殺が多かった須磨海岸近くの線路の脇などに、5ヶ所看板を立てた。それで「一寸まて」なんですけれども。

佐伯)まさにもう今飛び込もうという時にこの言葉が目に入って、踏みとどまる一助になればということなんですね。

冨吉)そうなんですね。実際にですね、その看板を見て自殺を思いとどまってですね、同情会の門を叩いた方、20年間で約3000人と言われてるんですね。

佐伯)じゃあ大きな力を持った言葉なんですね。

冨吉)そうですね。何がすごいかって、この「一寸まて。神は愛なり」って、この言葉だけだったら、おそらくあまり効果なかったと思うんですけど、そこにですね、住所と電話番号、連絡先書いてあるんですね。

佐伯)はい。

冨吉)その「死なねばならぬ事情の方は一度来てください。相談に乗りますよ」と。

佐伯)これを見て、「まだ頼れるところがある」という風に思ってもらって、ということですか。

冨吉)そうなんですよね。で、ちゃんと漢字の読めない方のために、ふりがなもちゃんと振ってあったと。このことについてですね、神戸のキリスト教社会運動家で「スラム街の聖者」と呼ばれた賀川豊彦さんっていう方がいらっしゃるんですが、この方の言葉で「自殺防止の看板はあちこちにあるが、具体的に住所電話を記載し相談に乗ります、と書いたのは城ノブだけだと。

佐伯)そうなんですね~。

冨吉)まあそういうことを書いてらっしゃるんですね。

佐伯)最近、自殺報道のあり方っていう研修を受けたんですけれども、皆さんご存知のようにそうした自死に関する報道をする際に必ず今、相談窓口をご案内するようになってるじゃないですか。その取り組みを、このノブさんはもう大正時代に初めてなさってたっていうことですよね。

冨吉)はい、そうなんですよ。

佐伯)具体的には、支援というのはどんな風にされてたんですか?

冨吉)まずは保護するっていうのが一番なんですけれども、保護した後もご親族との相談。家へ返すのか、それともどうするのかから始まって、色々あったと思うんですが。で、まずは健全に生活ができるようにと指導もすると。教えたりとかですね。で、自立した生活を送るための職業訓練。こういうことをしてたわけなんですよね。女性たちが自立して生活できるようにですね、本当にいろんな支援、たとえばミシンでの縫い方ですとか、裁縫であるとか、そういうことから始まってですね、そういう技術の支援を行っていたんですが、それが身について働きたい っていう女性には仕事も紹介した。そういう活動をされてたんですね。

佐伯)ただ匿うだけではなく、しっかりと自立して生きていけるようなサポートをされたと。

冨吉)はい。

佐伯)本当に苦しむ女性たちを救いたいっていう思いが、そういった行動につながってるんでしょうね。

冨吉)そうですね。「神戸婦人同情会」設立時の城ノブの思いということなんですけれども、創立20周年の時の冊子にですね、これを端的に表した言葉…ちょっと長いんですけれども、そういうことをですね、ノブさん書き残してるんですね。「虐げられたもの、弱きもの、頼りなきものの味方であり、友であり、母である、これが私の全部であります。数百年の間、社会的に家庭的に、経済的に、法律上に、生活上に生ける屍となって苦悶し、死さえ決して居る同性が幾多あるか知れぬのであります。先には、婦人参政権と、男女平等の待遇を筆に、口に叫んでまいりました私も、周囲の婦人の生活の実情を見せつけられては泣かざるを得なく、起たざるを得なくなったのであります。我世に一切を失いて、また一切を捨ててかかった仕事がこの同情会であります」と。

佐伯)本当にその覚悟のほどが伺える言葉ですね。

 

 


[ Playlist ]
The Jessica Stuart Few – (Don’t Live Just For The) Weekend
Seu Jorge – Bem Querer
Danny Kortchmar – For Sentimental Reasons
The Submarines – Clouds

Selected By Haruhiko Ohno


この記事の放送回をradikoタイムフリーで聴く