今週、坂の上に訪ねて来て下さったのは、愛媛人物博物館専門学芸員の冨吉将平さん。四国中央市といえば「日本一の紙のまち」をイメージされる方が多いと思いますが、その礎を築いた一人である篠原朔太郎について紹介して頂きました。優れた手すき和紙製品を開発する一方、製紙技術の近代化も図ったという篠原朔太郎。その功績から「紙聖」=紙の聖人と称えられています。今回は「16歳の感動」「アメリカで金メダル」「特許を放棄」の3つのキーワードで、紙一筋の人生をたどりました。
佐伯)続いて 3つ目のキーワードです。「特許を放棄」ということなんですが、先ほどのお話で、いろんなアイデアで近代化を進めたと伺いましたけれども、その特許は取らなかった…
冨吉)はい、ということなんですよね。朔太郎自身が開発した、先ほどご紹介した叩解機(長い繊維を細かく分解する機械)であるとか乾燥機とかですね、まあそういう機械のですね、特許を一切取ってないと。それはなぜかって言うと、やはり地元をはじめですね、製紙業界が発展してほしいっていう唯その一点だったわけなんですけれども。森実善四郎さんっていう方が書いた『紙と伊予』という本があるんですが、この中にですね、「噂を聞いて各方面からビーター(叩解機)や三角ドライヤーなどの機械の見学や製紙技術を学ぼうとする人々が押しかけたが、朔太郎はこれらの人たちに惜しげもなく公開し、説明をして返した」と。
佐伯)は~、こういうところなんですよね!幕末から明治にかけて、この番組でご紹介する先人達っていうのは、成功したことを自分だけの、私利私欲に活かさないっていうか、公のためにっていうことで…。やっぱりこの方もその志っていうのが伝わってきますね。
冨吉)そうなんですよね、本当に人柄が伝わってくるんですけれども。本当に寝食を忘れてですね、研究、製紙技術の改良に打ち込んだわけなんですけれども、その技術だけじゃなくて ですね、この先、紙の需要が増えるだろうと、それに伴って原料も不足するんじゃないかっていうことを予測してですね、新しい原材料になるものを探すわけなんですよね。明治44年にですね、兵庫県にあった三菱製紙っていう会社から、竹を原料にした製紙の研究を委託されるわけなんですが、これを契機にですね、本格的に材料の研究に力が入るわけなんですけれども、それを求めてですね、北海道の奥地から海外、朝鮮半島、台湾などにも行って調査を行ってるんですね。
佐伯)ここにも研究熱心なお人柄が伺えますね。
冨吉)さらにその先も見据えていたんですが、失敗ももちろんあったわけで。大正2年にですね、朝鮮半島に渡って自生する葦を調査するわけなんですね。かなりたくさんあったらしくて、「これ原材料に使えるんじゃないか」っていうことでちょっと試したわけなんですけれども、これを一緒にしたのがですね、恩師である薦田篤平(こもだとくへい)さんの次男さん。これを原料にした機械抄製紙の企業経営を計画するわけなんですね。それで、スウェーデンから輸入したスウェーデン式の機械を導入して、紙を漉く作業の機械化、これに挑戦するわけなんですね。もちろん朔太郎もですね、叩解機を据えたりとか助力をするわけなんですけども、ただこの時はですね、朝鮮の葦は繊維が柔らかい上に短かった。そのため、うまく漉くことができなかったということで、残念ながら成果を出すことができずに工場は閉鎖してしまうんですけれども、ただこれがですね、宇摩地方の機械抄製紙発展、機械で紙を漉くっていうことの布石になったわけなんですね。で、後に続いた大西観市(かんいち)さんという方がいらっしゃるんですが、この方が最終的には実用化に成功して、思いは引き継がれていった…
佐伯)じゃ、種は蒔いたっていう感じでしょうかね。
冨吉)そういう感じですね、はい。
佐伯)そうして紙一筋の人生のように聞こえますけれども、晩年の朔太郎はどのような…
冨吉)はい、住んでるところは本当に豪邸を建てるわけでもなく、工場の片隅にですね、まあ 小さい家があってですね。
佐伯)ええ。
冨吉)本当に工場の片隅に隠居していた。ただ昭和25年にですね、昭和天皇が宇摩を行幸されて、その時ですね、直接言葉を交わし、励ましを受けたそうなんですけれども、その2年後に 86歳でお亡くなりになるんですが、亡くなる前もですね、その枕元に自分が作った約150種類の和紙を置いて、絶対に自分の枕元から離さなかったそうなんですね。
佐伯)うわぁ、もう文字通り紙とともに生きた、生き抜いた…
冨吉)そうですね。本当に紙に捧げた人生。そういう人だからこそ、紙の聖人「紙聖」として尊敬されているのかなと。
[ Playlist ]
Seigen Ono – On The Sunny Side Of The Street
Adele – Melt my heart to stone
Marc Benno – Try It Just Once
Ella Fitzgerald & Louis Armstrong – Autumn in New York
Selected By Haruhiko Ohno