今週、坂の上に訪ねて来て下さったのは、「矢内原忠雄の原風景」案内人の穂積薫さん。矢内原忠雄は今治出身で大正・昭和の教育者であり、東京大学の総長まで務めたほか、経済学者、植民政策学者、無教会主義キリスト教の指導者…と非常に多面的に活躍した人物です。子どもの頃から成績優秀で中学から神戸に進学、子規や漱石も通った旧制第一高等学校に進むなど早くに愛媛を離れたこともあり、地元では知る人ぞ知る存在とも言える矢内原について、「戦いの人」「郷愁の人」「1953年の後輩へ」という3つのキーワードで紹介して頂きました。


佐伯)続いては2つ目のキーワードです。「郷愁の人」ということなんですが、今治で生まれる けれども、もう中学校から神戸に行きましたというお話がありました。だからこそ故郷への思いというのが強かったんでしょうか?

穂積)そうですね。母や祖母など家族への思いと郷土の風景が重なって、故郷への情景となっていると私は思っています。

佐伯)そのお母さん、とても慈悲深い方だったっておっしゃいましたよね。

穂積) そうですね。中学や高校時代、矢内原はよく今治に帰省していたようです。そしてその当時のですね、思いや経験などを日記や作文にきちんと書き留めています。例えば蒼社川沿いを散歩したり、それから家の周辺をサイクリングしたり、ちょっと足をのばして桜井の石風呂などにも行ったと。そういったことがですね、きちんと残されています。

佐伯)そうなんですね!蒼社川沿いの散歩だったりサイクリングだったりってちょっと、今も同じような過ごし方ができますよね。

穂積)そうなんです、まさにその通りなんですね。

佐伯)そして、そのお母さんへの思いというのはどんな形でわかるんですか?

穂積)学生時代お母さんを亡くしてしまうんですけど、その時の思いをですね、風景と重ね合わせて詩を作っています。

佐伯)詩ですか?

穂積)はい。「拝志川」と題した詩なんですけれども、ちょっと読んでみたいと思います。「家に残りて楽しさを 母と語らんすべもなし 入相の鐘なる時は出でてさまよふ拝志川 自然の母の乳を吸ふ 夕もや四方をこむる時 蛍柳に光るとき あまき優しきささやきに 母なき我の母と なり 闇に消えゆく拝志川 母なき我の母となり 闇に消えゆく拝志川」

佐伯)「拝志川」というのが今治市内を流れる川なんですよね。

穂積)矢内原の生まれた家のすぐ裏を流れていたという風に書かれています。

佐伯)じゃあその川を歩きながら…これお母さん亡くなってから書かれてるってことですか。

穂積)そうですね、亡くなってすぐですね。

佐伯)そうなんですか。その川の風景とお母さんを重ねて、ホタルとか柳とか…なんかやわらかいイメージですよね。

穂積)そうですね。矢内原のことをですね、詩人だという方もいます。

佐伯)ああ、そうなんですか。本当に先ほど伺った、東大の総長として自由と規律を守るために戦った人というイメージとは逆のような…また違った表情を見せてくれますね。

穂積)ええ、こういう一面を大切にしていきたいと思っています。

佐伯)それからおばあ様が仏教心が強かったということでしたが、このおばあ様に対してはどのような思いを持っていたんでしょうか。

穂積)おばあさんは熱心な仏教徒と先ほど申しました。矢内原家の前はまさに四国遍路道でもあったようで、お遍路さんに対しておばあさんは優しく接していたと。特にそのお遍路さんの中にはですね、当時生活に困った人ですとかハンセン病の患者さん、そして罪に追われる人などもいたと言われていますが、そのおばあさんはそういった人に対しても分け隔てなくですね、惜しみなく援助したというふうに言われています。

佐伯)そうなんですね。そういう影響っていうのは色濃く矢内原忠雄にも受け継がれているんですか?

穂積)まあその影響からかどうかははっきりは言えませんけど、矢内原は非常に学者として多忙な中、合間を塗って伝道や講演にですね、いろいろ地方に行くんですけれども、その中にはハンセン病の療養所の慰問なども含まれています。

佐伯)そうですか。おばあ様は仏教、そして矢内原はキリスト教っていうところで、その宗教の違いはあるけれども根底に流れる人間への優しさというところはともに相通ずるものがあるんですね。

穂積)おっしゃる通りだと思います。

 

 


[ Playlist ]
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Kings Of Convenience – Peacetime Resistance
Ásgeir – Summer Guest
Prince – Reflection
Povo – In the Morning Featuring Saidah Baba Talibah
Sophie Milman – It Might As Well Be Spring

Selected By Haruhiko Ohno


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