今週、坂の上に訪ねて来て下さったのは、愛媛県歴史文化博物館学芸員の井上淳さん。八幡浜出身で、医師として、また教育者として地域に貢献した清家堅庭(かたにわ)について、お話を伺いました。幕末期に南予で医者というと二宮敬作が有名ですが、堅庭は敬作よりも10歳年下。偉大な先人に比べて知名度は高くなかったものの、近年見つかった貴重な資料から、その功績がより詳しく明らかになってきたそうです。今回は「医師か、それとも神職か」「薬品ノ儀ハ医術之根元」「王子文庫」という3つのキーワードで、堅庭の人物像に迫りました。


佐伯)王子文庫という二階建て、どんな本が収められていたんでしょうか?

井上)そうですね、王子文庫として確認されているのは現在1000冊ぐらいはあったんだろうということで確認されております。

佐伯)印刷じゃないですから、誰かが木版で刷ったり…

井上)書き写したり。

佐伯)そうしたものの1000冊っていうと、今の1000冊より随分価値があるような気がしますね(笑)

井上)はい。今でいう稀覯本という、一点でものすごく高いような、そういうような珍しいとかいうものはないんですけれども、例えば歴史書でいくと、「古事記」であるとか「神代巻」であるとか「日本書紀」とかっていうスタンダードのところがずらりと全部揃っているっていう事ですね。で、漢書ということで、これは江戸時代は漢文が読めないといけないっていうようなことで、そういう漢文を勉強するための四書五経とかですね、その注釈書とか、あるいは漢詩とかを勉強するための本なんかもかなり揃ってます。医学書は堅庭が学んできた、そういう蘭方医学をはじめとする堅庭の本もここに収められています。国学者でもあったということで「古事記伝」とか「玉くしげ」といった、先ほど出てきた本居宣長の主要著書がほぼ網羅されていたりとかですね、「伊勢物語」「源氏物語」「竹取物語」などの古典文学とか、それのどう注釈するかっていうそういう注釈書とか、あるいは和歌集なんかもあります。で、面白いところでは堅庭自身が書いた本というのも結構残っていてですね、それもかなり残っております。

佐伯)堅庭自身は国学も学び、蘭方の医学も学び、漢学の心得もあるということで、どういう内容の本を書いてたんですか?

井上)そうですね、一つはですね、「水かや日記」っていうのが残っていて、それはやっぱり国学者独特の仮名交じりのですね、雅な文章で書かれていてですね。

佐伯)仮名文なんですね。

井上)そうですね。で、用語とかもかなり独特な用語が使われてるんでですね、なかなか理解しがたいんですけれども、読んでいくとこれが今の西予市城川町辺りの藩医が種痘に行くのに手伝いに行く時の日記だということが分かったんですね。けっこう雅な文章で書かれてるんで、単なる旅行記なのかなと思ったのが、そういう資料から種痘のことが分かってきたりとかしてびっくりしたんですけれども。

佐伯)本当ですね。

井上)はい。ですのでその本とかを見てると、そういう種痘とかいう西洋医学とか実務的な分と、教養にあたるような国学的な雅な文章を書くような部分と、一つの人物にその二つの精神が同居してるっていう事が見えてきて、面白い資料だなと思ったんですけれども。

佐伯)そうですね。ちょうど時代も、堅庭が生まれたあたりから蘭学が入ってくる時代であり、幕末から明治にかけて大きく色々な新しいものが入って来ながらも、「国とは」「日本とは」というのを考えるのも多かったでしょうし、まさにその時代に生きた人物として面白い資料なんですね。

井上)そうですね、けっこうそういう蘭学とか漢学とか国学が同居してるっていう、そういう部分が面白い資料ですね。

 

 


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Selected By Haruhiko Ohno


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