ゲスト:ミュージカル俳優・タレント 近藤誠二さん

今週、坂の上に訪ねて来てくださったのは、ミュージカル俳優でタレントの近藤誠二さん。この番組のために、正岡子規と夏目漱石を実際に演じ分けて聞かせてくれました!放送後1週間は、radikoのタイムフリーでお聴き頂けます。その演技力を体感してみてください。


 

佐伯)何年か前に、水野広徳の法要の席で近藤さんが“ミニお芝居”を演じて下さるというところに居合わせたんですよね。

近藤)僕じつは佐伯りささんと初めてお仕事って言うんですかね、一つのイベントを共有させてもらった経験だったんですけど。

佐伯)あの時に私、本当に時間にしたら5分?

近藤)5分もないぐらい。

佐伯)なんですが、檀家さんとか、講演会がその後あるのを聞きに来てる方とかがいらっしゃる普通のホールっていうか、あそこなんて言ったらいいんだろう、講義室みたいな所が、一瞬にして戦場になったり、一瞬にして時代がガラッと変わったり。相当簡単な舞台装置というかセットで…

近藤)太鼓を一個と、ちょっとしたサイコロみたいなステップ台を一個持って行っただけですよね。

佐伯)それで「こんなに空気が変えられる!」と言うか、もうまるで世界を変えられるお芝居ってすごいなぁと思って感動したんですよね。

近藤)もちろん佐伯さんの頭の中の宇宙が豊かっていうのもあるんですけど、人間ってね、僕やっぱすごいと思うんですよ。言葉ひとつで人を傷つけるし、それこそ自殺するのを止める力もあるし、凄いなんか背中押してくれる言葉もあるし。物語で言うと、たった一言なのに、そこの後ろに宇宙を感じたりとかっていうことができる。そんな想像力豊かな生き物だと思うんです。だから、それを僕は今お仕事とさせてもらってるんで、すごく幸せなことだなーって、つくづく痛感しております。

佐伯)そしてなんと今日は、この後近藤さんによる“表現によって世界ががらりと関わる”というのを、ラジオを聴きの皆さんにも体感して頂けるという。

近藤)なんかすんごいハードルあげました、自分でね(笑)。

佐伯)さあそれでは近藤さん、今日は…

近藤)はい。皆さんがご存知の正岡子規さん。35年という短い生涯だったんですけれども、俳句を通じていろんな方の人生を動かした方。非常にユニークで前向きで、食欲旺盛、好奇心旺盛で明るい男だったと僕は思ってるんですよ。で、小さなことを気にしない。そんな人柄だから、あれだけ病気になった後もたくさんの人が、あの根岸の家に集ったんだろうなあと。そんな病気になる前、元気な時の、ちょっと病気がそろそろ出始める頃に残した言葉を、今から表現します。

近藤)「正岡常規 又ノ名ハ処之助又ノ名ハ升又ノ名ハ子規又ノ名ハ獺祭書屋主人又ノ名ハ竹ノ里人伊予松山ニ生レ東京根岸ニ住ス 父隼太松山藩御馬廻加番タリ 卒ス 母大原氏ニ養ハル 日本新聞社員タリ 明治三十〇年〇月〇日没ス 享年三十〇 月給四十円」
これが、まだちょっと元気で、自分の将来も…そんなに実は病気だから先は長くないなって感じながらも、まだ少し前向きな正岡子規をちょっとイメージして読みました。

佐伯)すごくなんかエネルギッシュな子規を感じることができました。

近藤)で、いよいよ病気が進行していって、脊椎カリエスが進行してもう寝たきりの生活になって、それでもやっぱり親友の夏目漱石と手紙を交わしたり、根岸の家に弟子たち、伊藤左千夫とか色々来るっていう状況で、正岡子規が夏目漱石に出した手紙をちょっと読んでみます。「僕は駄目になってしまった。毎日理由もなく号泣しているような次第だ。いつかよこしてくれた君の手紙は非常に面白かった。近来僕を喜ばせたものの随一つだ。僕が昔から西洋を見たがっていたは君も知ってるだろう。それが病人になってしまったのだから残念でたまらないのだが、君の手紙を見て西洋に往ったかのような気になって、愉快でたまらぬ。もし書けるなら、僕の目が開いているうちに今一度よこしてくれぬか。書きたいことは多いが、苦しいから許してくれたまえ。」

佐伯)ああ、もう胸が締め付けられるような気持ちに…

近藤)これ肘ついてやっとの思いで書いた手紙だと思うんですよ。けど、親友で大好きな漱石がロンドンに行って留学してる中で見る景色とか、そういうものがすごく自分の励みになったっていうのをなんか正岡子規流に夏目漱石に送ったのかなーって思いました。

佐伯)これは聞かせてもらっている私たちも、近藤さんを通して子規の人生というのを感じることができるんですが、演じてらっしゃる方は、その人生を演じることでご自身の中にどんな化学反応というのが起こってるんですか?

近藤)やっぱり100%その本人になることはできないんで。一生懸命その人に寄ろうとするんですね。けど寄りきれないところがあるはその部分は…たとえば正岡子規さんを僕が演じるんだったら、“正岡子規さんと近藤誠司との共通点はどこなんだろう”っていう作業に入るんですよ。じゃないと寄りきれないんで、もうすごいおこがましいんですけど正岡子規さんに寄ってもらう、自分自身に。そうするとこで何か一つの完成形を見つけ出す作業になっていくんですよね。

佐伯)今の、病が非常に重くなってからの子規の部分を表現してらっしゃるとき、近藤さんの目が潤んできてるのを見て…、私は聞いてることで胸がすごくなんか…気持ちがざわつくと言うか、ちょっと普通の感情じゃなくなってるところにパッと顔を上げて近藤さんの瞳が濡れているのを見て、また何とも言えない気持ちになってしまったんですけれども。

近藤)それぐらいやっぱこ入り込むと、見るお客さんって、やっぱそこに何かを感じてくれて、その世界に…。それが上っ面の部分できっとやってしまうと、多分言葉も入ってこないような気がするんですよね。で、今のが正岡子規さんならば、その親友の夏目漱石さん、ちょっと細かな。まあ晩年はね、ちょっと精神的に病んでしまったなんていう歴史もありますけれども、そんな夏目漱石が正岡子規と愚陀仏庵で52日間一緒に暮らしたっていう歴史があるじゃないですか。その当時のエピソードを夏目漱石が残した言葉があるんで、ちょっとそれを読んでみたいと思います。
「僕は2階にいる、大将は下にいる。そのうち松山じゅうの俳句を作る門下生が集まってくる。僕が学校から帰ってみると、毎日のように大勢来ている。僕は本を読むこともどうすることもできん。もっとも当時はあまり本を読む方ではなかったが、とにかく自分の時間というものがないのだからやむをえず、やむをえず俳句を作った。」

佐伯)ああもうこんな言い方もあれですけど、本当に先ほどのエネルギッシュだったり、死が近づいている子規とは全く対照的な。なんだろう、先ほどの子規が飾らないすごく豪放磊落な感じのイメージでなさってたのに対して…

近藤)気取ってますよね(笑)

佐伯)そうなんです!エリート感というか、都会から来てるぞっていう感じとか。こういう演じ分けって、気持ちの部分だけじゃなくて表現も色々な訓練と言うかご経験で…

近藤)経験もそうですけど、やっぱ勉強してその人のなんか言葉とかを自分の中に体に入れる作業っていうのを惜しまずやるかやらないかっていうのは大きいかもしれませんね。技術的な事って、いわゆる教科書通りやっていけばきっといろんな声って出せるんやと思うんですよ。けど内面の部分、心の部分っていうのは教科書では補いきれない。そこはなんか大事にしてます。

 

 


[ Playlist ]
Linda Lewis – Old Smokey
Kenny Feinstein – When You Sleep
Mike D’Abo – Handbags And Gladrags
Kings Of Convenience – Homesick
Madeleine Peyroux – Don’t Wait Too Long

Selected By Haruhiko Ohno