今週は、「坂の上の雲ミュージアム」からの生放送。今月21日から始まった第16回企画展『坂の上の雲』完結50周年「明治日本のリアリズム-未来へ」について、学芸員の徳永佳世さんにお話を伺いました。キーワードは展示のテーマに合わせて「開化-新しい時代へ」「風雲-列強のはざまで」「開戦-負けないように」の3つ。番組後半には、同じく21日から展示が始まった戦艦「三笠」の模型を手掛けた神奈川県逗子市の大澤孝一さんが登場。きょう実際に模型を見た人が「これは大したもんじゃ!」と声をあげているところを、私、目撃しました。その「三笠」の模型制作秘話などでも盛り上がりました。


佐伯)3つめのキーワードになりますね、「開戦-負けないように」ということですが、こちらのコーナーはどんなことが紹介されてるんでしょうか?

徳永)「開戦-負けないように」では、陸海軍が負けないための戦略計画を立て、戦争のやめどきをしっかりと意識し、情報を収集して作戦室をうまく機能させ、そして的確な判断で実行していた様子を紹介しています。1904年、明治37年2月に始まった日露戦争では、負けないように…勝つよりもなんとか負けないように持っていくということが全軍の作戦思想を貫く原則のようなものでした。勝敗はやっと五分五分、それを戦略・戦術に苦心してなんとか六分四分に持って行く。短期間で日本の勝利と正当性を世界に印象付けて、早い時期に和平・講和に持ち込むための戦略計画が立てられます。日本海軍には、ロシアの極東にいる艦隊を沈めた後、バルチック艦隊も一隻も残らず沈めるという完全勝利が求められました。司令長官の東郷平八郎は、そのための作戦を秋山真之に任せ、全艦隊には百発百中に近い射撃技術を身につけさせるように徹底的な訓練を実施させました。そのようなことを紹介しています。

佐伯)そして「戦争のやめどき」というところまで展示が続いていくわけですけれども…

徳永)日露開戦からおよそ1年が経過した1905年、明治38年の3月、余力がない日本陸軍は、雪解け前の奉天という場所を舞台に総攻撃に出ます。厳しい戦況の中、優勢であるはずのロシア軍が突如退却し、日本軍は3月15日に奉天入城を果たします。日本とロシア双方が大損害を受けていました。「このあたりが、きりじゃ」。日本の陸戦能力が限界に近づく中、総司令官の大山巌と総参謀長の児玉源太郎は、各国の「日本が勝った」という戦勝報道を利用して、講和につなげるための行動を開始します。

佐伯)どのような行動だったんでしょうか?

徳永)はい、児玉源太郎が日本へ帰る、ということをしました。戦地を離れてですね、日本の大本営・政府要人に戦地の窮状を直接訴えて、本格的な講和交渉を始めるように働きかけていきます。およそ1か月後の4月21日付の手紙が残ってるんですけど、日本に帰った児玉が戦地に残る大山巌に宛てた手紙があります。これ、複製で展示をしているんですけれども、「政府関係者の間で調整にとても時間がかかったんだけれども、外交と今後の作戦とを一致することが決まった」というふうに報告されています。児玉、大山と考えを一つにして、実際に帰って交渉を進める中で講和へと向かっていきます。その後も紆余曲折がありまして、最終的には5月27日、28日の日本海海戦で日本が完全勝利したことで、日露双方が講和会議のテーブルにつくことになります。で、その年の9月5日に日露講和条約は調印されます。

佐伯)ポーツマス条約ですね。

徳永)はい。しかし日本の陸海軍の戦闘能力が尽きようとしている現状を知らされなかった国民たちは、講和条約の内容に不満を抱いて、そして日比谷焼き討ち事件を起こしたのでした。

佐伯)そういう経緯をたどって行くと言うところは小説でも細かく、その人々の心の動きも含めて描かれていますよね。

徳永)はい。で、このコーナーでは資料としてはですね、大山巌が戦地で実際に身に着けていた冬外套=コートなんですけれども残っていまして、今展示しております。

佐伯)めちゃくちゃ寒いところだったんですよね?

徳永)そうなんです。で、コートの内側を覗いてみると毛皮ですね、それが全体に縫い付けられていて、寒い中でも耐えられるように作られています。

佐伯)なるほど。

徳永)そのほか双眼鏡、これはちょっと海軍のものと違って大きめなんですけれども、ぜひその大きさなども見ていただけたらと思います。あと秋山好古が使ったディバイダー=計測器、コンパスみたいなものですけれども、そうしたディバイダーであったり。日露戦争中に好古率いる騎兵のもとから出された永沼挺身隊という部隊があります、そこの軍医さんが書いた、部隊の様子を記録した資料なども初公開してますので、ぜひご覧いただけたらと思います。

佐伯)お話を伺っていますと、開戦、戦争を始める時から「やめどき」っていうのを常に意識して、負けないための合理的な的確な判断をそれぞれがとっていたということがわかりますね。そして終章=エピローグの「未来へ」というところに展示は展開していくわけなんですけれども、どのようなことを徳永さんは今回の展示で目指されているんですか?

徳永)はい。終章の中で司馬さんの連載告知新聞を出しているんですけれども、「明治若者の気分」-いつかはその気分を主題にした小説を書きたいと思ってきた、と書かれています。司馬さんは40代のほぼ全てを「坂の上の雲」の作品の構想とその執筆に費やしています。この完結50周年記念する企画展「明治日本のリアリズム-未来へ」は、「坂の上の雲」に描かれた明治という時代を生きた人々が明日のために今できることを考えて行動した様子を、彼らの息づかいが感じられる資料とともに紹介しています。それらを見て頂いて、「未来への思考」というものを当館は開館以来、活動方針としているんですけれども、展示を見ながらも「今」、そして「未来へ」と皆さんが思考を深めるきっかけになっていけばと考えています。

佐伯)ですから、今回その展示室をご覧になった方が最後にメッセージをボードに貼ることができるようになってるんですが、きょう番組の冒頭で申し上げた「思考を止めるな」っていうふうに感じられたっていうのは、もう徳永さんの狙い通りということになるでしょうかね(笑)

徳永)ありがたいですね。

 

 


[ Playlist ]
The Colour Field – Thinking Of You
José Feliciano – Wild World
Sonya Kitchell – I’d Love You
Roos Jonker – New Dress
Beth Orton – Love Like Laughter
(Selected By Haruhiko Ohno)


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