今週、坂の上に訪ねて来て下さったのは、松山歌人会の会長で作家の片上雅仁さん。松山出身の実業家で政治家でもあった小林信近についてお話を伺いました。片上さんは「サムライ起業家・小林信近」という著書を3年前に上梓。愛媛の近代化にあたり、地元経済の礎を築いた小林氏の生き様に深く感銘を受けたそうです。若かりし頃から超エリートで、幕末は藩のために貢献、維新後は実業家として次々と事業を立ち上げる、愛媛の“渋沢栄一”ともいえる小林信近。その活躍は枚挙にいとまがありません。
佐伯)それだけの人物が御維新を迎えて、その後どうするんですか?
片上)そうですね、結局、薩摩長州が勝ちます、で新政府が立ち上がる。そうしますと政治体制は変わるわけで、版籍奉還、廃藩置県と行くわけですけど、そして殿様達は東京に集められて権令とか権令とかいうよう人たちがやってきて登庁するんですが、なんつったって地元のことがよくわかってて、その事務引き継ぎができる人がいないと新体制に変われないので、明治の6年までは小林信近は、いわばこの松山地域の高級官僚として、その事務引継ぎなども間違いなく行くように取り仕切ります。すごい地位です、ナンバー3ぐらいだったと思います、行政官として。
佐伯)ほ~、で、明治6年以降は…
片上)明治6年で引継ぎも終わったと思ったら、彼はすっぱり官僚はやめるんです。あとは、この一度は負けてしまった松山、賊軍と言われ朝敵と言われてしまった松山、ここをいかに何とかして盛り上げるかということに残りの生涯を費やしたようなところがあります。
佐伯)そういう思いで、なんですね。で、まず手掛けたのが?
片上)やめた直後にですね、色んな事やってます。桑畑を開墾して養蚕をするとかですね、陶器=焼き物ですね、それから茶園=お茶の栽培とかですね、紙屋さん、紙問屋…
佐伯)ペーパーの紙。
片上)そう、ペーパーの販売をするお店をやるとか、あの2年間ぐらいの間にちょこちょこちょこちょこやっては、やっては手を引いてるように見えるんですけど、実は貧乏士族がたくさん生み出されましてね、この体制転換で。放っとくと没落していくような人が。小林信近から見れば仲間ですよ。元侍たちですから、これを放っとくわけにいかないということで、事業をちょっとやってうまく軌道に乗って「これ、いけるな」と思ったら、もうその関係士族たちに「君たちがやれ」って引き渡して。
佐伯)あ、そういうことなんですね!
片上)そのうち明治の9年に、旧藩主のお殿様、久松家が実に1万円という、今のお金にすると1億円ぐらいじゃないですね3億円ぐらいになるでしょうか、それを小林信近にポンと預けて、「これで工業会社を作って、士族やその家族、つまり元侍を雇用して事業をやれ」と。それで「牛行舎」という会社を作ります。
佐伯)この「牛行舎」というのが、牛の…
片上)牛が行く…
佐伯)学校の校舎の舎、という字ですね。
片上)会社の社と書かずに学校の校舎の舎を当時はしばしば書いております。会社と同じことなんですけども、この命名の由来はですね、「怠らず行けば千里の道も見ん、牛の歩みのよし遅くとも」。
佐伯)これどういう意味ですか?
片上)怠らず行けば千里の道も行くことができると。牛の歩みは遅くても、サボらずにやってれば千里でも行けるよって言う…
佐伯)じゃ、うまくいくよっていうことなんですか。
片上)はい、昔の和歌があったわけです。それから取って、「じゃあ牛行舎と名付けよう」と。
佐伯)ほ~。
片上)で、やったことの中身はですね、製紙=紙づくりです。久万地方は林業も盛んだし、ミツマタもたくさん採れる。これ和紙の原料です。これをおろしてきて紙づくり、紙すきですねそ。れから製靴=革靴づくり。革靴なんて皆使ったことなかったんだけど、明治になって急に需要が増えます。まず軍隊が皆革靴になります。警察官も革靴。中学校、女学校もみんな制服は革靴っていう風になっていくんで、ものすごい需要が増えるんですね。で、革靴づくり。男性は、その製紙と製靴。女性は織物。織物もこの辺ではやってなかった「小倉織」ってやつですね。丈夫な、綿なんだけど非常に丈夫なやつで、それも洋服にできる小倉織の生地を作るという。
佐伯)それはちょっと新しい取組みなんですね。
片上)新しい。小林信近は全部、既に他人がたくさんやってるようなのに参入するのはこれしんどいから、まだ皆がやってないことをやろうと。
佐伯)まさにベンチャー!
片上)そうそう!
佐伯)そうなんですね。だけど挙げて頂いただけでも数々の事業を起こして、その起業の力をもって、さっきおっしゃった五大事業の銀行とかも作っていくということなんですね。
片上)このあと、そういうことになります。
[ Playlist ]
Baden Powell – Blues A Volante
Todd Rundgren – You Left Me Sore
Dawn Penn – Here Comes The Sun
Selected By Haruhiko Ohno