今週、坂の上に訪ねて来て下さったのは、アトラス出版の編集者でフリーライターの中村英利子さん。中村さんは、鬼北町出身で日本初の女性飛行家となった兵頭精の評伝「兵頭精、空を飛びます!」を上梓し、愛媛出版文化賞を受賞。地元でさえあまり知られていない兵頭精の功績を多くの方に知ってもらう契機となりました。南海放送でも今年、兵頭精を主人公にしたラジオドラマを制作、放送しています。日本初の女性飛行家として脚光を浴びた彼女が表舞台から忽然と姿を消した背景には、こんなスキャンダルがありました。


佐伯)その後、精はどうなっていくんでしょうか?

中村)とにかく伊藤飛行機研究所は卒業しましたのでね、実際に試験を受けようということで三等飛行士の試験にエントリーするわけです。これが大正11年、23歳の時なんですけども、まぁ一応2度目の試験で合格しまして、これで日本初の女性飛行機が誕生したと。

佐伯)ついに!

中村)ということなんですよ。で、まあ精も喜んでですね、これからはもう競技会に出て賞金を稼いで、宣伝飛行でビラまきでもなんでもして、今までお金を出してもらったお姉さんにも恩返ししようっていうようなことで張り切るわけですね。で、帝国飛行協会の主催で三等飛行機操縦士っていう、そういう人たちだけを集めて競争しようということでプロデビュー、出るわけですね。それで精さんも参加して15人中10位という風に健闘しまして、120円の慰労金、それから100円の参加賞金というようなことで、華々しくでデビューしたわけですね。そういうことで当然、いろんな新聞社とかメディアからですね、取材に来てますから世間の注目を浴びまして、デカデカと大きな記事になるわけですね。

佐伯)なんか、いきなりスターになるわけですね!

中村)いきなりスターになっちゃいましたね。そういうその兵頭さんの姿を見てですね、他の県からもですね、「私も兵頭さんみたいになりたい!」というようなことで、続々とやってきたりするんですけど、これはまあその新聞社としてもですね、本当に格好のネタで「この人をちょっと追いかけよう」みたいなことになったんでしょうね。その後、突然ですね、「精さんが富田さんという弁護士さんの子供を流産してたんだ」って言うなことを書かれましてですね、で、他社もびっくり仰天してですね、「そんなようなことがあるのか!」というようなことで後追いしたんですね。

佐伯)富田さんっていうのは、伊藤飛行機研究所に入る時に保証人になってくれた方ですよね。

中村)はい、弁護士さんですね。で、まあ時々「ちゃんとやってるだろうか」みたいなことで見に来てたりなんかはしてたんですけど、その人がどうも精さんの面倒見てるうちにやっぱりこう絆されてきたって言うんでしょうね、「なんか一生懸命やってるし可愛いな」っていう風に思ったんですかね、恋人同士になるわけです。ところがですね、精さんは普通の結婚なんかする気はさらさらありませんので。済美高校を出て「嫁に行け」って言われた時も嫁に行かなかったぐらいの人ですから、富田さんから好きだと言われても「はい、じゃぁすぐ結婚しましょう」とはならない。やっぱり飛行機第一ですからね。というようなことで結婚はこの時はしなかったんですけども、妊娠をしてそれで流産してたのは事実だったみたいです。

佐伯)そうなんですか。ええ。

中村)それで、その記事をですね、故郷のお姉さんが見てですね、もう激怒するわけですね。

佐伯)それはそうですよね。

中村)「自分が一生懸命お金をかき集めて支援してやってきたのに、なんだ!」ということで、「この恥さらし!」っていうようなことで詰ってですね、本当に激怒したんですね。それで世間的にバーッと燃え上がってしまったような…

佐伯)まさに炎上!

中村)炎上ですよね。これをやっぱり鎮火するためには、ちょっと一旦身を隠した方がいいっていうことで、まあ飛行界から身を引くっていうようなことを決意するわけです。ところがですね、メディア側としては格好のネタがそんなことで鎮火するわけはないわけで、むしろ隠れたんなら探そうっていうことで、却って過激になってですね、もう事実とは異なるっていうか、「どうも朝鮮まで行ったらしい」とかですね、適当な事を書かれたりして、遂には「もう伊藤飛行機研究所から除名されるんじゃないか」っていうような、そんなことも記事になったりして。それで精さんもですね、卒業したことまで帳消しにされるんじゃないかっていうようなことで心配するんですけれども、伊藤音次郎さんはですね、卒業名簿にはちゃんと名前を残してくれてたんですね。その記録のおかげで、日本初の女性飛行家っていうようなことで後々までちゃんと認められたっていうことなんですけれども。

佐伯)本当にもう人生の絶頂から突然奈落の底に、のような状況になって…

中村)本当ですよね。だからこれもやっぱり女性ならではの不運っていう部分もね、すごくあるような気がしますね。これが男性だったら、ここまで執拗に追い掛け回されたり書き立てられたりはしなかったはずなんですけれども。子供を流産したっていうのも、冨田の方にも責任があるわけですけども、彼の方は一切何もお咎めなしで、精さんの方ばっかり責められたわけですからね。そういう意味ではやっぱり当時の社会風潮っていましょうかね、それがあると思いますね。

   

 


[ Playlist ]
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Selected By Haruhiko Ohno


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