ゲスト:作家 宇佐美まことさん

今週、坂の上に訪ねて来てくださったのは、松山在住の作家・宇佐美まことさん。2006年 第1回「幽」怪談文学賞短編部門大賞、2017年 第70回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門など数々の受賞歴を持つ宇佐美さん。読者を唸らせる宇佐美ワールドは、こうして生まれたのですー。


 

佐伯)初めて宇佐美さんの作品を読んだのは『るんびにの子供』だったんですが、怪談だと思って読んだら、「これ、思ってたのと全然違う」という…。人間の内部をえぐるっていうか、描いているからこその怖さというか。

宇佐美)そうですね、怪異って本当もう、すごく離れたお化け屋敷に行ったら怖いって言うんだったらお化け屋敷に行かなかったら済むじゃないですか。でもそうじゃなくって一番怖いのは、日常と地続きのところに異界が繋がってるとか、越境してくる不気味なものがあるとか、自分が住んでるホームグラウンドに入ってくるもの。それは怖いと思うので。だからそういうところはやっぱホラーみたいなのとは違う怖さですよね。

佐伯)ぜひこれはね、ちょっと読んで味わって頂きたいんですけれども。そうして怪談文学を書き続けていらっしゃる中で、2017年『愚者の毒』という作品で第70回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を受賞されました。いま怪談のお話をしていただいたんですが、この推理作家協会賞ということはミステリー。

宇佐美)そうですね。自分では、そんなに意識して「ミステリーを書くぞー」って思って書いたわけでもなく。さっきも言いましたけど“人間”を書きたかったので。怪談ってね、本当そういうイメージがついてるから、まぁそんなにバンバンは売れないんですよね。言ったら読んでもらえない。だから身近な人に言っても「いやぁ、もう私怖いの苦手だから」って読んでくれない。その先入観があるわけよ。だからそういう人にも訴えたいし。それから、その頃に編集者さんからね、もう私があまり売れないから「こういう本が今売れてるんですよ」って提示されたのが、なんていうか心温まる話…ハートウォーミングな話とか、人生の応援歌みたいな頑張るぞみたいな。「そういうのが今売れてますよ、ちょっと読んでみてください」って東京で渡されて持って帰ってきたんだけど、「う~ん…」と。読んで「いや、これは違う」と思ったんですよ、私が書きたいものとは逆にね。じゃあ私が書きたいものはどんな話なんだろうって。自分が五十歳までは一読者でありましたから、その時に面白いなって思ったものもきっちり自分の中であるから、「私はこんなのが書きたいんだ」っていうのを示すために『愚者の毒』を、まあその編集者さんに向けて書いたみたいなもんなんですよ。

佐伯)へ~!!

宇佐美)まあ一つの例としてね。

佐伯)その宇佐美さんの方向性というのを明確にするための…

宇佐美)それまで本当、自分でも意識はそんなにはっきりはしなかったと思う。でもこれでね、はっきりしました。やっぱりね、書くっていうことはなんでもね、小説じゃなくても書くっていうのはね、自分の中のものを整理できることがあるから、それはいいと思いますよ。

佐伯)その「私はこういうものを書きたい」という信念のようなものっていうのは、どうやって固まっていったものなんですか?

宇佐美)それはやっぱり読書よね。

佐伯)読書。

宇佐美)うん。私は小説家になろうとも思わずに、ただの一読者として楽しんできた読書体験があるわけですよね、五十歳までは。その中で、最後の最後に「ああ、こう来たか!やられた!」って思うような意外な展開と言うか、それが面白いというのがはっきり自分の中であったから、「こういうのが私は書きたいんです」って言うのを見せるために『愚者の毒』を書いたんですよ。そしたら、もうそれまでいろんなの書いてその編集者に渡したのを全部ボツにされてたんですけど、それだけは「ああ、じゃあウチで出します」って言ってくださって。「ああ、これでいいんだな」と思ったんですよ。私が面白いって思うのを、他の人も面白いと思ってくれることもある。それから何冊も書きましたけど、それで読者の方が面白いって言ってくださるのを見ると、「あ、通じてるな」っていうのはね、思いますよ。それまでは個人的なものだったんですよ、五十歳までの読書経験としてはね。でもそれが、自分が「書く」っていうほうに傾いた時に、その方向性でいいんだなっていうのはその時に発見しました。

佐伯)今日その『愚者の毒』という作品をスタジオに持って来て頂いたんですけれども、この本の裏表紙に書かれてあるどういった本なのかっていうのをちょっと読んでみてもいいですか。

『愚者の毒』(祥伝社文庫)
一九八五年、上野の職安で出会った葉子と希美。互いに後ろ暗い過去を秘めながら、友情を深めてゆく。しかし、希美の紹介で葉子が家政婦として働き出した旧家の主の不審死をきっかけに、過去の因縁が二人に襲いかかる。全ての始まりは一九六五年、筑豊の廃坑集落で仕組まれた、陰惨な殺しだった…。絶望が招いた罪と転落。そして、裁きの形とは?

ということなんですけれども、この本の着想というのは?もちろん人間を描きたいという強い思いと、この題材というのはどこから来てるんですか?

宇佐美)やっぱり元は“人間を書きたい”っていうのはあるし、私はその心温まる話や人生の応援歌じゃなくて、本当の…その人生においてね、もうものすごいハッピーエンドとかないんですよ、本当はね、実際問題として。でも今マスコミとかネットがこう氾濫すると、ものすごい成功者みたいな人が出てきて、そういう人じゃないと幸せじゃないみたいな意識がね、ちょっと蔓延している、世の中にはね。私たちが育った子どもだった頃の高度成長期の時は、男の人がすごい汚い仕事してても「こうして自分は家族を食わしてるんだ」っていう自負で生きてたわけよ。でもそういうことがないがしろにされてるって言うのはありますよね。そういう苦しみとか悲しみとか苦労とかを突き抜けた先に、悲惨さもあるかもわかんないよ、でもその先に小さな光さえ見えたら人間は生きていけるって言う事を訴えたかったんですよね。だから大きなね、もうなんか大金持ちになって外車を乗り回してみたいなのが幸せだと思ってる人がいて、それは結局そんなたくさんは成功者いないわけだから、そこに到達できないと失敗してるんじゃないかとかね。そんなこと全然ないんで、もうちょっと身近なね、光とか希望とか救いで、人間って生きていけると思うんです。

 


[ Playlist ]
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The Jessica Stuart Few – So Slow
Harca Veronika – You
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Gil Scott-Heron – When You Are Who You Are

Selected By Haruhiko Ohno